七夕は7月7日に行うものだと信じて疑わなかったブラコン総帥様は、
遠征のためにコタローと七夕を過ごせないことを血の涙を流す勢いで
嘆きながら飛行艇へと乗り込んでいった


実際流れていたのは血の涙では無く、大量の鼻血ではあったが
軍服の赤にまみれて見えなくっていた








「おかえりやす、シンタローはん」









シンタローが遠征から帰ってきたのはちょうど一ヵ月後、
8月7日。いつものようにアラシヤマが出迎えに行くと、不機嫌オーラを
最大限まで解き放ってる総帥が飛行艇から降りてきた


アラシヤマの腰に巻きつくコタローを見た途端噴出したシンタローの
鼻血を炎で蒸発させて防いで一つため息をついた




















ゼリー風味の七夕


















「なぁコタロー、コタローは何をお願いしたんだい?」
「あ、このゼリー美味しいー」
「ふふふそーかぁ、叶うと良いな、お兄ちゃんもコタローの願いが叶うよう祈るよ!」
「ねぇアラシヤマ、おかわりないのー?」



飛行艇が着いたのは夜も更けてきた頃、自室に戻ろうとしたアラシヤマの腰に
くっつたままだったコタローとそれにつられてきたシンタローが目の前で微笑ましい
かもしれない光景を繰り出している


全く会話が噛みあっていない。
というよりかシンタローが一方的に話しかけて返答までも脳内ですませてしまっているのだが、
それを目の当たりにして尚アラシヤマが用意したゼリーを頬張り続けるコタローは将来大物になるだろうと
少しズレた見解をはじき出し、冷蔵庫から新しいゼリーを二つ取り出す


二つとも食べようとスプーンを口に咥えて両手を差し出すコタローに
いちごのゼリーを渡し、いまだ脳内のコタローと会話を続けている電波総帥に
オレンジのゼリーを渡そうと思ったが無理そうだったのでとりあえずその頭の上に置いた


「両方くれるんじゃないのー?」
「いくらなんでも食べすぎどす。太りますえ?」
「大丈夫だよぉ」
「また虫歯になったらどないすんのん?」
「うー…ちゃんと歯磨くもん…」
「また明日食べればよろしおす」


文句を言いながらもゼリーにぱくつくコタローに笑みを零して、
シンタローに視線を移す
先ほど置いたゼリーはそのまま頭の上、微動だにせず鎮座している


目の前でひらひらと手を振ってみても、だらだらと流れ続ける鼻血以外に
動きは見られず、ひたすら幸せな脳内ワールドにハマっているらしい
大抵5分ほどで戻ってくるのだが、遠征の疲れのせいか少し長い


居間のど真ん中にぽつんと置かれたテーブルが、シンタローの鼻血で
染まっていく。コタローは早々に避難して窓際のソファーに座っていた


「だらしないなぁお兄ちゃん」
「コタロー様と七夕過ごせんかったのも一因やろねぇ…」
「遠征だからしょうがないのにねー」
「まぁ今日七夕するところもありますさかい、」


続けられるべき言葉はいきなり顔あげたシンタローの叫び声に遮られ、
床に落ちそうになったゼリーを咄嗟に掴み、アラシヤマは元凶をぎろりと睨んだ


「なんやの!」
「そうだよ北海道とか仙台とかは今日七夕だったよな!そうだそうだ!」


咎めるアラシヤマの声など耳に入っていないのか、一人納得したように
頭を縦に振るシンタローは稀に見る気持ち悪い笑顔をしていた
そのままの顔でコタローに同意を求めてもまともな反応が帰ってくるはずも無く、
あっさり「気持ち悪い」と言われて再びテーブルにつっぷした


鼻血の次は涙か、とアラシヤマはため息を吐きながら救ったゼリーを
テーブルの上において雑巾を取りに立ち上がる


台所とは名ばかりの、料理器具など一つも置いてないシンクの横にかけてある
雑巾を手に取り、居間に戻ってテーブルを簡単に拭いているとコタローに
服を引っ張られた


「ねぇ、七夕ってお素麺も食べるんじゃないの?」
「昔はそうやったみたいやね…最近は聞きまへんわ」
「えー食べようよー」
「ゼリー二つも食べてまだ食べるおつもりで?明日茹でたります」
「むー」


唇を尖らせて食べ終わったゼリーの器を、「ごちそうさま」と差し出されて
アラシヤマは苦笑する。パプワ島でもリキッドにこうして甘えていたのか
と思うとやはり子供なのだと思える

ソファーに座っているコタローを手招いて、やって来た金色に輝く頭を撫でてやれば、
先ほどの不満顔はどこへいったのか嬉しそうに笑って抱きつかれた。
しばらくそうして撫で続けていれば、ふと顔をあげた先に笑い続けて声が枯れたのか
テーブルの上に置いてあったゼリーをにやにやと食べるシンタローが居た


「あー織姫と彦星に何お願いしよっかなー」
「…織姫と彦星はお願い事に関係あらしまへんえ」
「ぇ、なんで」
「二人の話は中国の古い伝説ってだけどす。願い事云々は『乞巧奠(きこうでん)』いう女子はんが
習字や裁縫、手芸、音楽等を上達するように7月7日の夜に祈る、っちゅー古い風習が中国にあって、
その二つが伝わったときに混ざって日本の七夕の行事が…」
「ねー雑学はもー良いよー」


話している間頭を撫でる手が止まったのか本当にアラシヤマの話がつまらなかったのか、
あと一言で終わるところでコタローが話しを切った
なんでと言っていたシンタローも話て数秒で飽きたらしく、早々に食べ終わったゼリーの
容器をテーブルの上に放置して床に寝転んでいた


コタローはともかく、シンタローの態度にムカついてこちらに向いている
つむじを足先でぎゅう、と押す


「何すんだよ!」
「下痢ツボどすー」
「変な迷信持ち出すな!気分悪ぃ!」
「僕もー眠くなってきた…」
「ほな歯ぁ磨いて来なはれや」
「んー…」


アラシヤマの腕の中から抜け出し、洗面所にぱたぱたと歩いていくコタローを
見送っていると、ふたたび膝に重みを感じた


「…何してますのん」


アラシヤマに背を向けていたシンタローが今は膝の上でうとうととしている
遠征で疲れているだろうから眠くなるのは仕方ないとして、何故わざわざ
自分の膝を枕にしようとしているのだろうか


ぐい、と肩を押して床に落とそうとしても腰を抱きこまれてそれも
不可能となる。諦めてアラシヤマが黙れば、聞こえてくるのはコタローが
歯を磨く音だけ。彼が戻ってくればシンタローを押しのけて自分が膝の上に
収まろうとするだろうから、きっとそこで終わりだ


起きているのか寝ているのか微妙な境目を漂っているシンタローの髪を
梳いてくすくすと笑う


「んだよ」
「子供みたいどすなぁ」
「うっせー」
「願い事せぇへんの?」
「…別に良い」
「そうどすか」
「お前は」


くるりとシンタローが上を向き、アラシヤマと視線を合わせる
アラシヤマは一瞬きょと、としてからああ自分のことかと考えを巡らせた


今この場にシンタローが居て寄り添っている


その上で願い事を聞かれてもこれ以上の願いは浮かびようが無かったが、
それはそれで癪だったので適当にあげつらねていくことにした


「総帥様がちゃんと仕事してくれはりますよーに」
「…」
「八つ当たりで設備壊して修繕費赤字にさせませんよーに」
「…」
「面倒くさいからて一日一食生活やめてくだはるよーに」
「…」


言うたびにシンタローの眉間の皺が一本ずつ刻まれていく
くすくすと笑いながら言葉を続ければ、ついには上を向いていた顔が
そっぽを向いてしまった。それでも膝からは退かない


今度こそアラシヤマはおかしくなって声を殺して笑い始める
そっぽを向いていてもふて腐れたシンタローの表情が浮かんできて
また笑いがこみあげる


「…いつまで笑ってんだよ」
「す、すんまへん…あはは…っ」
「眼魔」
「コタローはんに怒られますえ」
「…」



右手に集めた青白い光をその言葉で一瞬で霧散し、代わりに
頭の下にある太ももをぎゅう、とつねる


「いたぁ!ちょぉやめておくれやすッ」
「うるせー」


少し遊びすぎたか、シンタローがそろそろ本気でキレそうだ
コタローをダシに出来たのも奇跡に近いかもしれない


仕方無い、とアラシヤマはそっぽを向いてるシンタローの
顔を両手で掴んで自分の方に向けさせ、額に一つ口付けを落とした
突然のことに目を見開いたシンタローに微笑み、口を開く


「あんなぁ、願い事は口に出したら叶わん言いますやろ」
「…だからなんだよ」
「せやからわての本当の願い事、言うのは気が引けるんやけど」
「けど?」
「もし叶っとたらきっと来年もこうして居るはずやわ」
「…」


これからもお傍に






ほんのり頬を紅潮させているのはシンタローもアラシヤマも同じで
大の男が二人して何をしているのかと気恥ずかしくもなる
いたたまれなくなったアラシヤマが視線を逸らすとシンタローは立ち上がり、
座ったまま何事かとこちらを見上げてくるアラシヤマに言った



「喜べ、叶えてやる」
「…えろう格好つけてますけど耳まで真っ赤どっせ…」


言うアラシヤマも十分赤い
気まずそうな沈黙に包まれているところへ、歯を磨き終えたのか
眠そうに目を擦りながらコタローが歩いてきた


「終わったーもう寝るー」
「え、此処で寝なはるおつもりで?」
「じゃなかったら何で此処で歯磨かせたのさー」
「あ、それもそうどすな…」
「コタロー、お兄ちゃんも一緒に寝るぞ!」
「え、僕アラシヤマと寝るー」
「…3人で寝ればええやないの」



やった、と眠そうな表情を吹っ飛ばして満面の笑みを浮かべて寝室へと
飛び込んだコタローを見、気まずそうにシンタローを見ると、
どうやら気まずいのは相手も同じようで目が合った


「…なんや恥ずかしいわぁ…」
「20代も半ばなのに…」
「…子供挟んで一緒に寝るだけや」
「解ってるよ…」
「わてかて解っとりますわ…」




早くしてよね、と
パジャマに着替えたコタローに急かされ、
赤い顔をしたまま二人は寝室へと足を踏み入れた












--------------------------------------------------------
七夕、何もやってなかったけど。
しかも作中は8月7日だけど今は8日、きっとあげたら
9日…

終始恥ずかしい!

2004.08.08
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送