目の前にそびえ立つ木にひしめき合うようになっている赤い果実を掴んで
ねじり切ると、それまでその実をぶら下げていた枝ががさがさと揺れた。
日の光を反射しながらきらめくその果実を足元に置いてある籠に視線も合わさずに
放り込むと、すぐさま背後から怒号が飛んできた





「実ぃ痛むやろ!乱暴に入れんなや」





片目を覆い隠した状態で良く解るものだ、いやだからこそ神経が過敏になっているのかも
しれない。なぜならアラシヤマは斉藤に背を向け、籠に果実が当たる音など到底聞こえも
しない位置に居たからだ。




大股で歩み寄ってきたアラシヤマの顔は怒りのせいかうっすら上気している。
斉藤の足元の籠に手を突っ込んで傷が無いか確かめるアラシヤマをじっと見つめて、
隣にしゃんがんで彼の顔半分をすっぽり覆い隠している髪をかきあげた。





「…なん?」





そこに高性能レーダーでも隠されているのか、と一瞬でも本気で疑った自分を
斉藤は恥じた。




こうして突然髪をかきあげてもその行動に疑問を感じるだけで手を振り払うことも
しないのは顔を隠すのが願掛けやトラウマの類では無いからだろうか。





突然妙な行動を取った侘びと少しの悪戯心が混ざった気持ちでアラシヤマの額に
唇を押し付けると、炎を纏った彼の拳が顎に直撃した。






































違うだろ、俺








































「なぁ、今日は林檎採りに来たんじゃねぇの?」
「そうなんやけど…リキッドに場所聞いとけばよかったわ」
「じゃあこれなんの実なんだよ」
「さぁ」
「えー…」
「大丈夫やって。さっき島のナマモノたちが食べとったし」






ナマモノと人間の体内構造は少なからず違うんじゃないか。
唖然とする斉藤に微笑むアラシヤマの目には冗談の色など微塵も浮かんでは
いなかった。




この林檎に良く似た果実を何に使うのかは聞いていないが、おそらくは何か
菓子を作るつもりなのは予想できた。先日本棚から「簡単デザートの作り方」と
書かれた主婦向けの料理雑誌を真剣に読んでいたからだ。




そしてそれを覗き込むようにして一緒に見ながらアップルパイが食べたいと
言い出したのは斉藤で、二つ返事で了承したのがアラシヤマ。
翌日には二人揃って小さめの籠を背負って近くの森まで足を伸ばしたのだ。











小一時間も経つと籠の中に真っ赤に熟れた果実が溢れかえった。
二人で食べきるには多すぎるくらいだが、アラシヤマの事だ。きっと来る人の
あても無いパーティを開くつもりなのかもしれない。
もしかしたら彼はこれだけの量の果実を一気に使って全てパイに変えてしまうかも
しれない。妄想に住む自分の友人たちのために。




そうなれば当然それを処理するのは斉藤の役目だ。
唯一期待できそうな歩くキノコは確かに彼の友人だがキノコゆえにあまり
物を食べない。





アラシヤマと同居するようになってから弾力が増してきた腹肉を掴みながら、
斉藤は一つため息をついた。
もうすでに傷は全快、必殺技だって威力は完全とまではいかないが戦線に復帰
出来る程度には十分回復している。










体調が万全の今、自分に課せられた仕事はアラシヤマを口説き落として
彼ともども心戦組に戻ること。敵対勢力の重要機密に精通していそうなアラシヤマを
倒して情報を引き出すと同時にその戦力を手に入れたら一石二鳥、というのが
斉藤の持論だったがそれを聞いていたソージは含みのある笑顔でそれに疑問を投げかけた






「…あんなネクラと離れたって平気だっての」






情が移ったんじゃないの?と狐のようにキツイ弧を描いた目で見つめられて、一瞬
答えに詰まったのを覚えている。その後必死になってそんな事あるわけ無い、と否定
したは良いがどうにもまだ疑念は払拭されきってないみたいだ。




とことんまで否定しきれなかったのはやはり笑顔だけは好みだと
自覚しているだろうか。







「斉藤はん、何してはるん?もう帰りまっせ」








すでに歩き出して随分遠くにいるアラシヤマの後を慌てて追った。
果実が詰まってずしりと思いその籠はアラシヤマの肩をきしませながら
背負われている。




なんとなく自分が持つ、と提案するとアラシヤマは何の疑問も持たずに
籠を斉藤に手渡してにこりと笑った。
傷を見るまでそんなに痛くないのに確認した瞬間激痛が走る傷口と同じで、
アラシヤマへの恋愛感情も自覚した途端急速に育っていくのだろうか。






「なぁ。友達らしく手ぇ繋いで帰らない?」

「勿論どすぅうううッ」







友達、を強調して手を差し出すと案の定アラシヤマは握りつぶさんばかりの勢いで
握り返してきた。
そのまましばらく歩くと段々慣れないことに興奮してきたのかアラシヤマはスキップ
をし始めた。絡めた手はそのままなので飛んだり跳ねたりするたびに斉藤の腕が上下に
容赦なく振り回される。




肩がはずれそうな程振り回されるのは別に問題無いが、籠にみっちりと隙間無く詰められて
いたはずの果実は衝撃でごろごろ転がり、揺らされて浮いては落ちている。
家に帰って籠の中を見たらペースト状の何かがあるのでは無いか、そうでなくとも
傷は大量に付きそうだ。






仕方無い、と飽きることなく飛び跳ねているアラシヤマの手を離し、
急に支えを失ってバランスを崩した体を片手で自分の方に引き寄せる。











唐突に抱き寄せられたアラシヤマがびくりと身を竦ませた。ほんの一瞬殺気のような
ものが漂ったが、次の瞬間には意味の解らない奇声を発して楽しそうにすり寄って
きた。





「わてらもう離れられまへんなぁうふふふふふふ…」
「……、いや、あー……」






思わず肯定してしまうそうになるところを何とか飲み込み、斉藤は言葉を
濁した。何となく、確証は無いが今のアラシヤマの言葉は何処と無く嘘くさい。
というかこちらに探りを入れている密偵のような雰囲気だ。







ふ、と気付く。
利用価値のある能力を持つ敵を抱きこんで仲間にしてしまおうと考えるのは
何も自分だけでは無いかもしれない。
アラシヤマが友達云々の言葉に惑わさていないのなら、というかそうならない
ように例の七面鳥に乗った王子様に釘を刺されていたら今目の前に居るアラシヤマは
演技をしていることになる。





「…」
「どしたん?」
「いーや」





それでも別に良いかと一瞬でも思った自分を否定しながらアラシヤマを引きずるように
歩き出す。







演技だろうがなんだろうが彼は彼で自分は自分なのだ。最後に笑うのは自分であれば
それでいい、と斉藤は自分に言い聞かせた。








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今回は恥アラ。シリアス展開にはなりきれませんでした。
この二人はラブコメ班なので…



最終的にどうなるのか今から楽しみです。


2005.01.26up
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