「馬鹿」



平凡な昼下がり、コージからの報告書と言う名の古代書を解読する
シンタローの前に、頬を大きく膨らませ口を尖らせ、一目見て不機嫌と
解るグンマが仁王立ちしていた。


また甘ったるいお茶会の誘いか、と顔を顰めたシンタローの耳に滑り込んできたのは、
ぼそりと呟かれたグンマの対俺様総帥向けの悪口。
馬鹿以外言えないのかグンマに限っては言った方が馬鹿だと返してやりたくなるが、
それきりうつむいて握り締めた両手をぶるぶると震わせている様子に、少し首をかしげた




グンマの世話と言う名目で古文書解読を免れる、と思ったシンタローは
嘘くさい笑みで立ち上がるが、それと同時に残像が出来る勢いでグンマの顔が上げられ、
やばい、と動いた手が耳を塞ぐ前にグンマの口が開かれた















「シンちゃんの馬鹿ぁあああああああああああああああああああああ!!」


























掌に










































強化ガラスにさえヒビを入れるグンマの甲高い罵声はその階全域に及んだらしく、
外がざわざわと騒がしくなる。完全防音のはずの総帥室を抜きぬけて言った声を
真正面でくらったシンタローはふらふらとその場に倒れこんだ


目の前でちかちかと火花が散り、耳の中ではグンマの声が反響していつまでも
耳鳴りが止まない。声を出す気力は無いので精一杯の恨みを両目にこめて
睨み上げると、べ、と古臭い少女マンガのヒロインみたいに舌を出された。




「ふん、良い気味ッ!」




ぷい、とそっぽを向くグンマはまるで恋人に意地悪をされた仕返しを成功
させた少女のようだ。しかし被害を受けたシンタローはそんな微笑ましい
光景は目に浮かばない



「なんだよてめぇはイキナリ!」
「シンちゃんが悪いんだもん」
「お茶会断ってもいねぇし研究費減らしてもいねぇだろッ!」
「僕のことで怒ってるんじゃないよ」



ますます意味が解らなくなって押し黙ったシンタローをしばし見つめ、
グンマは大仰にため息をついた。
ちらりと送られた視線は本当に解らないの、と問いかけているようだった
直情型のグンマらしくもない回りくどい責め方に、シンタローのイライラは
つのっていく。


グンマは良くも悪くもいつも素直だ、学習と経験によって社会性を身につけたキンタローは
思ったことをすぐ、しかも直球で口に出すことは無くなったが、
グンマは成人してもずっとそのままだった。




「じゃあなんだっつーの」
「本当にどうやっても解らない?」
「解んねぇから聞いてんだよ!」
「じゃあ考えて」



相変わらず回りくどい責め方をやめないグンマにシンタローのこめかみが
ピクピクと動く。いつもは直球で自分を内情を抉り取っていき、痛いところに
塩を塗りこまれてはもう少しやんわり言えないのかと思ったが、今となっては
その方が幸せだった気がする。


少なくとも何が言いたいのかが明白だったから対処も明白だった



少ない経験の中から、必死に答えを導き出す。
瞬時に浮かんだのはキンタローだが、最近は言い争いもしていないし
滅多に勝つことは無いからグンマの機嫌を損ねるようなことはしていないはずだ



高松が一瞬浮かんだがすぐに脳の片隅に追いやった。グンマのことだ、
これだけ怒っていたらその「誰か」にシンタローのところへ怒鳴り込みに行くと
宣言してきているはずだ。だとすると今日は血まみれの団員を見ていないので除外。




グンマを止められなかったと言う事は権力の無い一般団員だろうかとも
考えるが、グンマは研究室で暮らしているようなものなのであまり交流は多くない







山脈のようにまでなったシンタローの眉間の皺を見て、グンマは小さく息を吐いた







「ねぇ、本当に解んないの?」
「…」
「まぁ仕方ないけど。僕と彼が仲良しなのは秘密だしねー」
「…あ?」


にっこりと微笑むグンマは先ほどの怒声はどこへ吹っ飛んだのか、
訝しげに自分を見るシンタローを面白そうに見つめた。
どうあっても問いただそうとシンタローが口を開きかけると、
それを遮るようにドアが乱暴に開かれた











驚いて二人同時に視線をやると、そこには片目を髪で陰鬱に隠した
京都人がひゅうひゅうと正常ではない息を吸っては吐いて立っていた。
立っていたというよりも開いた扉の片方に寄りかかってその状態を
保っていると言ったほうが正しい




人のものとは思えない、紙のように病的な白い肌を晒しているのに、
額には大粒の汗、脂汗が浮かんでいる





ふらりと歩き出すと揺れる点滴ががしゃがしゃと不快な音をたてた
口を開いたままのシンタローは目に映る光景を正常に判断できずに
固まったままだ。


今にも崩れ落ちそうなアラシヤマの目は少し血走っていて、
それが時折こちらをぎょろりと見上げる。グンマが小さくあ、と
声をあげて彼に駆け寄るまでシンタローは固まったままだった



「駄目じゃないアラシヤマ、ちゃんと寝てなきゃ!」
「大丈夫どす…それよか余計なことは言うてへんやろね?」
「だ、…大丈夫、なんも言ってない!」



ぎこちなく笑うグンマにアラシヤマの顔が一瞬顰められるが、
にこにこと笑い続けるグンマの頭を一撫でして同じように微笑んだ


置いてけぼりのシンタローは今にもあの世に旅立ちそうな
アラシヤマに声をかけることも出来ず、結局グンマが何に怒って
怪音波のような怒声を発したのかも解らず、目の前の光景を事務的に
電気信号にして脳に送り続ける



それに気づいたアラシヤマは今度はシンタローに向かってにっこり
と微笑むと、腕に刺さっていた点滴の針をぶちりと引き抜いた




「ぇ、」






呆気に取られるシンタローの目の前で、点滴の針とそれに繋がったチューブがぽたりと床に落ちた
アラシヤマの腕からは乱暴に扱ったせいで血管を傷つけたのかだらだらと血が溢れ、
制服をにじませ床を赤く染めている



主夫根性が働いて咄嗟に雑巾を片手に立ち上がると、それを阻止するかの
ようにアラシヤマがずしゃ、と勢い良くその場に屈んで自分の制服で床を拭き始めた。
しかし血を流している腕を動かせば余計に床は汚れ、それを見ていたシンタローわたわたと
アラシヤマを止めにかかった



「アラシヤマ!もういいやめろ!」
「うふふふ…シンタローはんの手を煩わせるわけには参りまへん…」
「頼むから俺の目を見て言ってくれ!」
「心配いりまへんよって…これ拭き終わったらすぐに仕事に戻りますさかいになぁ…」
「何言ってやがる!今日は休め!」
「何言うてますのん…シンタローはん、いつも」
「俺が悪かった!頼むから休んでくれ!もう見てられんッ!」



後半になるにつれてシンタローの声が切羽詰って上ずっていったのに気づいたのか
それともシンタローの頼みだからは解らないが、アラシヤマはしばし不満そうに
目を伏せた後ふらりと立ち上がり、ポタポタとブトウ糖を流し続ける点滴を持って
去っていった



「これでちゃんと休めるねーアラシヤマ」







満面の笑顔でひらひらと手を振ってアラシヤマを見送ったグンマは、
長い金の髪をふわりと揺らして床でどんよりとしたオーラを放つシンタローに
向き直る。精根尽き果てた様子の総帥にぱち、とウィンクを送って
子ウサギのようにぴょんぴょんと跳ねて出て行こうとすると、腕を掴まれた



む、ともう一度向き直るとそこには般若の面のシンタロー



「てめぇ、謀ったな!?」
「僕なんにも嘘ついてないし誰も騙してないよ」
「似たようなもんだろうが!」
「違うよ。僕はアラシヤマが過労で倒れたからシンちゃんに悪口言って、アラシヤマがそれを止めに来て、
 それを見たシンちゃんがアラシヤマに休暇を取らせたのがこれまでの経過でしょ」



僕、一つも嘘ついてないし誰かを騙そうともしてないでしょう?
その裏にある思惑を軸に計算して動き回ったことは誰の目にも明らかだが、
笑うグンマに勝てるものは誰一人として居ない



「じゃあ僕キンちゃんとお茶会してくるから!」




















笑顔で駆けていくグンマを止めることなど当然出来るはずも無かった





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ロッド祭りにかまけるのは良いけどシンアラ目当てでいらっしゃってる方に
申し訳ないのでシンアラ。でもグンアラでも良し(良くない)


掌に王冠、意味合いとしてはグンマの掌で転がされる総帥(≒王様)
で、王様の象徴は王冠ってこと…で…

…ね!

2004.08.23up
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