ビシ、という音が直接耳に叩き込まれた



目の前に広がる不均等なクモの巣、それが自分を水から守る
強化ガラスの成れの果てなど気付いたのは容赦ない海水が喉を直撃した時だった






























一撃必天使





























胃が反転するような錯覚で急激に意識が浮上した。
血を吐かなかっただけ普段の起床よりもマシだろうか。いい加減病院に
行った方がいいのかもしれないが、馬車馬のように働かされ泥のように眠るのは
ほんのわずかな時間、を素でいくアラシヤマにとってはそれも難しい。



今ではすっかり慣れてむしろ胃痛が無いとどこか具合でも悪いのかと勘ぐる
までになった。胃痛こそが悪い所であるのに。



「…さっきタンノくんの親戚みたいなのが仰山おったし…多分着いたんやろな」



潜水スーツの水漏れでパニックを起こしているところにあらわれた
巨大な魚の群れ。ご丁寧に逞しい2本の足を生やしていた。網タイツつきでだ









脳裏に焼きついてしまった映像を振り切り、砂を踏んで立ち上がった









昔のあの島と余り変わらない。
目に映るのはあの日見た光景となんら変わりは無い。
鬱蒼と生い茂るジャングルの方から微かに風が吹いてくる


しかし頬を撫でて行く風はじっとりと絡みつくようなものではなく、
掠めるようにさらりと去っていった。



「あの島よりは四季の変化があるんどすな…」



そう思うのは今が夜で、日の光を浴びてないせいかもしれないが。
ともすればこちらが飲み込まれてしまいそうな大きな月が静かに放つ
光が足元を照らしている。見上げれば澄んだ空気の中で無数に瞬く星。


仕事、いやシンタローからの嫌がらせを日々受け続けたきたアラシヤマに
とっては楽園と言っても差し支えないほどの静かな空間だ





「とりあえず今日は寝床確保せな…」





島全体の地理を把握出来ているわけでは無いので、他にナマモノが
居てくれれば助かるのだがこの時間ではそれも無いだろう。



海岸線に沿った茂みに足を踏み入れると、その奥から何かがぽてぽてと
歩いてくる音がした。人の足音とは違った響き方をしているので多分
ナマモノだろうが、こんな時間まで出歩くのがまともなナマモノとは思えない。




この島のナマモノは大前提でまともでは無いのだが、それでも下半身だけオットセイ
だったりするのはやめて欲しいとアラシヤマは切実に思った。
職業柄暗闇に目を慣らすのは常人よりも格段に早い。そうして目に映ったのは、
ぼんやり白く浮きあがる物体。




薄い月明かりでははっきりとした輪郭は捉えることが出来ず、
片手に火を灯らせて目の前にかざす















「眩しいにゃー」














聞こえてきたのは妙な語尾つきの、それでもまともな言語だった。
それを発しているのはおよそ声帯など持ち得ないようなキノコだったけれど。



「すんまへん、よう見えんかったさかいに」
「大丈夫、ボキも驚かせちゃったみたいだし」



前のパプワ島では見たことの無いナマモノだ



ふと会話が途切れて沈黙が流れるが、普段から他人との交流を持っていない
アラシヤマには出すべき話題など解らない。例えあったとしても閉ざされた
この島に生きる者には不適切かもしれない。



そう思うと今在るこの沈黙が耐え切れないほど苦痛になってきて、
アラシヤマは軽く唇を噛んで俯いた。
世間話も出来ない自分が酷くもどかしく感じる。寝床を確保するために
話さなければならないのに、一度黙ってしまうと切り出すタイミングが解らなくなる


















「どうかした?」




ずっと黙ったままのアラシヤマを心配してか、そのナマモノが顔を覗き込んできた
ハッとして、とりあえず顔をあげて首を横に振る。



「良かった。チミは何処から来たの?」
「ええと、遠くの方からどす。」
「誰かに会いに来たのかにゃ?」
「仕事なんやけど…あ、何処か一晩過ごせるような場所ありまへんやろか?」
「寝られる場所を探しているにゃらボキの家に来れば良いよ。一人くらい増えても平気にょ」




言いながら、ついてきてと歩き出す。
まともな会話が出来たことの喜びをかみ締めていたアラシヤマは慌ててその後を
追った。ちょうど自分の胸のあたりまである巨大なキノコに誘導されて波打ち際
を辿っていった


ゆらゆらと揺れるかさから微かに胞子が流れ、風に乗ってふわふわと周りを
漂う。星屑でも舞っているかのようだ。絵本でしか見れない世界のような。




「あ、自己紹介がまだだったね。ボキはコモロにょ、チミは?」
「わて、わてはアラシヤマどすッ」




自己紹介をし合って家にお呼ばれするなんて、新学期に出来た友達みたいだ。
本でしか見たことの無い、むしろアラシヤマの脳内だけで展開されてきたことが
今まさに目の前で起こっている。大抵現実では友達だとは思われていなかったりするのだが







「新しい友達が出来て嬉しいにゃ」
「なんどすってッッ!?」








ぽつりと漏らしたコモロの一言にアラシヤマが俊敏に反応する。
その勢いに気おされてしばら呆けていたコモロは、ややあって「友達だよ」と
言い直した。にっこり笑って手を繋ぐオプション付きで。



情けないほど顔を歪ませて涙やら鼻水やら鼻血やらを垂れ流すアラシヤマを
見ても動じない。それどころか何処からとも無くハンカチを取り出して
色んな液でぐしゃぐしゃのアラシヤマの顔を優しく拭きだした。



「すんまへん、おおきに…」


涙と鼻水はなんとか止まったが、鼻血だけはいくら拭いても滝のように
溢れ出して来る。鼻血ブースケ君みたいな子だな、と思いながらハンカチの
代わりにティッシュを取り出す。拭くのが無駄ならせき止める。



差し出されたティッシュにコモロの意図を汲んだのか、アラシヤマは
もう一度礼と侘びを言ってそれを受け取った。












鼻血が落ち着くまで、とそのまま波打ち際に二人揃って腰を下ろす





「迷惑かけてすんまへん、コモロくん」
「ボキたちはもう友達にゃんだから水臭いこと言うにゃよー」
「おおきに…」




しっかりと目を合わせて言うコモロに、心がほんわりと暖かい気持ちに包まれる。
微かに頬を紅潮させて緩む顔を抑えられずにいると、コモロが二人の隙間を狭めてきた
そっと重ねられた手に少し驚いてコモロを見るが、それはすぐに照れたような笑みに
変わった。



足に纏わりつく砂粒も砂糖のように思えてくるから不思議だ
友達が居るだけでこんなにも満たされる








「ふふ…わて、心友が一人だけおるんやけど」
「うん」
「あのお人とはこんな事恐れ多くて出来まへんどした…」
「これからはボキが居るよ」
「へぇ」








今取っている行動が友情とはズレ始めたことなど友達の居ないアラシヤマに
解るはずもなく。とうとう二人の間に隙間は無くなり、ぴたりと寄り添う姿は
純粋な友情を育んでいるようには見えなかった




「あ…コモロくん」
「うん?」
「こないな話は無粋かも知れへんけど、わて人探しとるんどす」
「人?この島には3人しか居にゃいよ。どんな子?」
「ええと…金髪碧眼の子供なんけど」
「それにゃらパプワくんの家に居るよ。今日はもう遅いから明日紹介してあげる」
「ほんまどすか?!」




がしり、とコモロの両手を握り何度も礼を言う
その度先ほどより濃い色の胞子がぱらぱらと零れ落ちた。
しかし興奮しているアラシヤマは気付かない。飛び散る胞子のほとんどが
アラシヤマの鼻や口から体内に侵入していく。


ああ、これはやばいかもしれないと思ってもコモロは口に出さない
幻覚作用があっても依存性は全くと言って無い。いつだかリキッドに
自分と同じ種類のキノコが存在すると聞かされたことがあるが、
それは歩くことも話すことも出来ず、一本で人を死に至らしめる猛毒らしい






自分と似た種が違う場所で人を死に至らしめているのは少しいただけないが、
今自分と一緒に居る彼は嬉しそうだ。







「木の中にボキの家があるんだけど、アラシヤマ君が来るんならもう少し大きい木に
引っ越そうかにゃ」
「え、そないな事せんでもよろしおすえ?わて一日くらい野宿するさかいに」
「ああ、違う違う」








少しズレて伝わってしまった言葉に苦笑する

























「チミの仕事が終わるまで、ボキと一緒に暮らさにゃい?」












幸せにする自信はあるよ、と胞子を盛大に散らしながら言う。



唐突過ぎたのかアラシヤマは目をしぱしぱと瞬かせたかと思ったら、
爆発でもするかのように真っ赤になって、火照った頬を両手で包み込んだ
何かを言おうとして口が意味も無くぱくぱくと開閉を繰り返している。








そんなに凄いことを言っただろうか、とコモロが首をかしげていると
アラシヤマの両手がこの島を割るかのような勢いで砂浜に叩きつけられた



正確にはアラシヤマが三つ指ついて頭を垂れているのだが、島から出たことの無い
コモロにはそれが何を意味するのかは解らない。似たようなポーズは時々
リキッドがとっていた気もするが。確か、死ぬ気で謝るときに




「アラシヤマくん?」
「ふッ………………………………………………」
「ふ?」





何故かアラシヤマは緊張しているらしく、上ずった声とも悲鳴ともつかないような
声が漏れた。


































「不束者やけどよろしゅうたのんますうぅうう!」










































何だか良く解らなかったが鬼気迫る彼の言葉に反射的に頷くと、
アラシヤマの顔がパッと明るくなった。やっぱり良く解らないが喜んでいる
らしい。



前に突き出された彼の両手に自分の手を合わせると、そのまま額同士をくっつけられた







「コモロくん…わて今最高に幸せどす…」







幸せなら祝わなければ




コモロがかさを震わせて出せる限りの胞子を散らせると、すぐにアラシヤマの
目の焦点がぼけてきた。手を取り合ったまま立ち上がり、くるくると踊り出す




「うふふふふ…友達友達…」



ふわふわと二人の周りを小さなかたつむりの幽霊が舞う。
幻覚なのかただ単に心霊現象なのか判別がつきにくいが、アラシヤマは
膨大な量のかたつむり全てと友達になろうとしているようだった。





「アラシヤマくん、幸せ?」
「へぇv欠陥潜水スーツで危うく溺れ死ぬとこどしけど…生きててよかったわぁ」
「ボキも嬉しいよ」
「ふふ…こないに大勢の皆はんが歓迎してくれはるなんて…わては人気者どすー」





楽しそうに踊り続けるアラシヤマの手を離さずに、コモロはにこにこと
その光景を見つめる。今晩から彼との共同生活が始まると思うと自然に
楽しくなった。そのうちオショウダニとヤマギシにも紹介してあげよう。

































「皆一生友達どすえ〜〜v」



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もう無理
PAPUWAで2番目バカップル、コモアラです。1番ですか?グンキンだと思います。


なんでコモロがアラシヤマを大切にしようと思ったかについては
次回に回します。いえ嘘です考えてなかっただけですすいません!


甘ったるい描写のところで何度吐きそうになったり笑ったり(?)しそうに
なったことか…

後半はPAPUWA2巻仕様です。きっと柴田先生「こんな恥ずかしい二人は描けない!」
って規制かけたんですよ2回目の嘘です


コモロくんって『ドクツルダケ』 だそうですが、英名が「Destroying Angel」。
殺しの天使。素敵です!(題名と内容全然違うけど)


2004.10.16up
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