朝からやることが山積みだ。
昨日洗濯物をたたみ忘れたリキッドに軽くお仕置きするつもりが
少しばかりやりすぎて、見事に両足とも捻挫させてしまったのだ。


おかげでパプワに叱られ、シンタローは今日一日リキッドの看病と家事の両立を
しなければならなくなった。


気まずそうに横になっているリキッドを背後にシンタローが朝食で使った
食器を洗っていると、不意にドア近くの壁が叩かれた。最近はいつも扉を
開け放っているので訪問客にはノックをしてもらうことにしているのだ








「ごめんくださいにゃー」








聞こえてきた声は、シンタローの中でだけ目の上のたんこぶとなっている
例の菌類のものだ。しかし少しだけ違和感を覚える。
心無しか焦っているような、そんな声

















「アラシヤマくん来てにゃい?」

















心配そうに尋ねてきたコモロをゆっくりと振り向いて確認して、目をゆっくり見開く
しかし次の瞬間シンタローの顔に浮かんだのは、リキッドが頬を引き攣らせるほど
鬼畜じみた笑みだった





































せ胞子







































ことり、とコモロの前に熱いお茶の入った湯のみが置かれる
おぼんを持つシンタローは先ほどからずっと笑顔だ。自分で不謹慎だなぁ、と
思ってもいないことを言いながらも笑顔は絶対崩れない。コモロは気にしてない
ようだから良いけど、とリキッドは横目で茶をすするコモロをちらりと見た



前にコモロくんがアラシヤマを新しい友人として自分たちに紹介したことを
シンタローは知らない。



あの時はアラシヤマの口止めの事で頭がいっぱいだから大して気に留めなかった
が、コモロは多分本当にアラシヤマと友達らしい。浜辺でコモロくんとハイテンションで
踊っているところを目撃されているから、胞子のせいもあるだろうけど




アラシヤマは、どうやらコモロが寝床にしている木の近くに住み着いているらしい。
半同居のようなものだ。少し友情を勘違いしたきらいのある彼なら同棲だと言い出しそう
だけれども。





「で、なんでアラシヤマの行方を探してんだ?」
「朝起きたら隣に居にゃくて…こんな事初めてだから心配だよ」












ああそう、じゃあアラシヤマが居そうな処を探してみようか、と
流してしまうにはその発言は少し刺激的過ぎた。シンタロー限定だが
その証拠にリキッドは仲が良いね、と笑っただけ



朝起きたら隣に居るには、一緒に寝なければならない。こんな事が初めて
と言うには何度か回を重ねてなければならない。ただ近所だからと言ってそう
連続で一緒に寝るはずが、とシンタローの思考がかなり遠回りで結論に達した時、
頭の中で何かが爆発した。いや、実際右手から青白い光が出て本人の気づかぬうちに
真下の床を深く抉り取っている





「いやぁああああ!床!床ッ!」




錯乱したリキッドが痛む足を引きずって土が見えるほどに削られた床に
へたり込む。そんなリキッドに目もくれず、シンタローはコモロを片手で
引っつかんで家を飛び出した







パプワハウスのすぐ目の前の森をひたすら走り抜き、分かれ道を右に行って
再びひたすら走る。途中じたばたと暴れていたコモロはそのうち大人しく
なった。シンタローの足取りがただ意味も無く森を進むのではなく、目的地に
向かう確かなもののように思えたから。ただ、何処へ行くのかは解らない


でもそれは聞かないことにする。
シンタローの振りまく怒気が黙って抱えられていろとでも言っているように
感じられるからだ。掴まれている場所は少し凹みそうだが


すでに手のあとくらいはついているかも、と後ろを振り返ると手は
もう無かった。疑問が浮かぶと同時にぼふ、と固い土の上に落ちる。



体に着いた土を払いながら立ち上がると、自分を落とした張本人は
目の前にぽっかりと開いた洞窟にずんずん進んでいるところだった





「待ってー」






慌てて追いかけると今度は急に立ち止まった彼の背中にぶつかり、
盛大に跳ね返って結構後ろまで飛ばされてしまった。
尻餅をつきながら見たのは、気まずそうに洞窟の奥から出てきた探し人










「アラシヤマくん、心配かけにゃいでよー」
「ああ、すんまへんコモロくん…なんや自分でもよう解りまへんわ…」










そう言ったっきり、アラシヤマは口を閉ざしてしまった。もうすぐ30代の男が
もじもじと体をくねらす姿は気持ち悪い以外の感想など出ないが、それは彼なり
に居心地の悪さを周りに、コモロに知らせるための行動なのだから仕方が無い



その原因は先ほどからアラシヤマがちらちらと視線を投げかけているシンタロー
だとは思うが、どうにも想像に難い。聞いて素直に離すような男では無い
だろうし



むしろ今コモロの頭の中を占めているのは何故シンタローがアラシヤマの
居場所を知っていたかと言うことだ。曲がりなりにも付き合いは長いだろうが
アラシヤマ相手ではまともな対人関係を築けるはずもなく、記録として仕官学校
時代の同期と言うだけで実際の関係は春巻きの皮よりも薄っぺらい。




でもアラシヤマは時折コモロに如何にシンタローと自分が熱い友情で繋がって
いるかをそれこそ彼の操る火炎の如く語る。それがシンタローがアラシヤマを
見つけられた理由になったのだろうか?







「…ボキもそこら中探し回ったけど、全然見つからにゃかった」
「だろうな。お前、普通の人間が居るような場所探しただろ?」
「?お祭りの時の広場とか、浜辺とか、森の中の野原とか…」






そして最後にパプワハウスに寄ったわけだが、どういうわけかシンタローは
にやにやと嬉しそうな笑みを浮かべている。天敵の弱点を握ったガキ大将の
ような笑い方だ




「こいつがそんな明るーい場所に行くわけねぇだろ」




勝ち誇ったように胸を張って言うシンタローは少し情けなかったが、
悔しがる理由も無いコモロに素直に納得されて更に情けなくなった。
しかし本人は上機嫌で笑い出す





「なぁ、アラシヤマ?」
「…明るい場所、苦手なんやもん」
「いっつもカビが生えそうな陰鬱とした所に居るからなー」





久しぶりに、お互いにしてはまともに続く会話にアラシヤマの方が
驚く。シンタローが妙に上機嫌でコモロが釈然としないような、奥歯に
何かが挟まっているような煮え切らない顔をしている。菌類に奥歯は無いが。



どうしたのか、と問いかけるようにコモロに視線を移すと、とことこと
こちらに歩いてきた。コモロはアラシヤマが声をかけるよりも早くその
手をがしりと掴み、ずるずると引きずるようにして洞窟を出て行こうとする。



「ちょ、コモロくん、どないしはったん?」



コモロが答える代わりに空いている手をシンタローが掴んで乱暴に自分の方へ
引き寄せる。力では敵うはずもなく、アラシヤマはぶつかるようにシンタローの
胸に抱きこまれた。




「別にこいつを連れてかなくても良いだろ、別に一緒に暮らしてるわけ」
「一緒に暮らしてますえ!」



全部言い終わらないうちにアラシヤマが割って入り、シンタローの眉間に
びきりと深い皺が刻まれた。アラシヤマはいつまで経っても学習しようとしない。
友情が絡めば周りの状況を全て自分の世界に塗り替えて暴走を始める。



目の前のアラシヤマの様子はまさにそれで、聞いても居ないのにコモロとの
馴れ初めから友達に至るまで、そこから近所づきあい果ては同棲秘話までその時
空に流れていた雲の形まで事細かに話し始める。勿論両手を祈るようにがしりと
組み、両目をうっとりと閉じた恍惚状態でだ。



身振り手振りでもって完璧に状況を再現させながらぺらぺらと話し続ける
アラシヤマの瞳の焦点は合っていない。というか足元がフラついている
この手の話をする時はシンタローの反応を見るために数秒ごとにちらちら横目で
見ようとするのにそれもない。










「…おい」










まさかと思って見てみれば、頭、というかカサに手をかけてぽふぽふと胞子を
振りまいているコモロの姿。眼魔砲でふっ飛ばせば早いが、それでは尋常では無い
量の胞子が島中に散ってしまう恐れがある。





「アラシヤマくんはつれて帰るよ」
「あぁ!?」
「チミ、アラシヤマくんを自分の物だと思ってにゃい?」
「当たり前だろうがッ!」
「即答見事にゃー。でもアラシヤマくんはボキが幸せにするから、チミはいらないよ」







言葉も出せずに歯をぎりぎりと食いしばるシンタローの目の前で、コモロに手を引かれた
アラシヤマが幸せそうに笑いながらぴたりと寄り添う。
笑っているのは胞子のせいかもしれないが、そうでなくともシンタローを苛立たせるのには
理由などあまり意味を成さない。









「あ、そうそう」








洞窟の入り口まで歩を進めたコモロが、アラシヤマの手を引いたままくるりと
振り返った。
























「ボキ、抱きつかれると時々胞子まで出ちゃうんだよ。今朝もきっとそれにゃー」



























周りに他のお友達がいっぱい見えてふらふら起き出したんだと思うよ、と
付け足して。これからは居そうな場所を教えてもらったから協力もいらにゃい、
と呆気に取られるシンタローに手を振った。





それを見た夢見がちなアラシヤマが真似をしてにっこり笑顔で手を振って
二人仲良く去っていったのを見送って、シンタローはやっと光を降り注ぐ
真昼の太陽に気づいた























勿論食事の用意も洗濯もしていない





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シンタローが何処までも可哀相な話、第…何弾?どれだけ可哀相な目に合ってんだ!

コモアラ漫画の方が遅れていますので、先に小説を…
拍手でちらりとご要望がありましたので。


少しリハビリしないとこれからシンアラ書くときにコモロくんが
絡んできそうです…

2004.10.03up
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