疑っていたわけでも待ちわびていたわけでも無いが、目の前にチョコが入って
いるらしい箱を掲げたアラシヤマが現れる度、シンタローは奇妙な安堵感を
抱いた。



興奮した彼の周りに立ち上る陽炎をぼんやり見つめながら、勝手に動く手が
アラシヤマを拒絶するのをどこか他人事のように認識していた。






久しぶりに見たアラシヤマの目に自分が映っていることを確認して、
酷く嬉しくなったのは解っていたのに。

















































洋菓子記念日後日談






















































反射的に放った眼魔砲に打たれたアラシヤマの落下地点に足を向けても、
あるのはぽっかり空いたクレーターだけだ。
自棄を起こして捨てたのか見失ったのかは解らないが、ぼろぼろになった
箱から彼曰く「特製五重塔チョコ」が見え隠れしている。



シンタローは苦虫を噛み潰したような顔でしばしそれを見つめた後、躊躇いながら
その場にしゃがみ込み箱に手を伸ばした。








「…どないしはったん?」







突如頭上に降ってきた声に驚いて飛びのくと、過剰な反応に首を傾げる
アラシヤマが立っていた。意識を取り戻してまもないのか、病人のように
青白い肌の所々が茶色く汚れている。薄っすら辺りを照らす月明かりの下でも
それははっきりと見て取れ、はたと気付いたアラシヤマがぱたぱたと土ぼこりを
払った。




次いでシンタローの手にがっちりと握られている箱を見ると、アラシヤマは
見る間に破顔して小さく奇声をあげた





「ああもぉほんまにいけずなお人なんやからぁ!」
「…何がだよ」
「ええどす、わてはちゃぁんと解ってますえ。うふふふふ」
「…」




自分に都合の良い様に解釈してどんどん妄想を繰り広げていくアラシヤマを
目の前にシンタローはがくりと肩を落とした。
アリジゴクの巣に落ちそうになっていた時にほんの一瞬でもアラシヤマに会えて
嬉しいなどと思ったのは一種のつり橋効果だろうか。



陶酔して月に拝み始めたアラシヤマを眼魔砲で吹き飛ばすのも強く否定して
この場から立ち去ることも簡単な事だ。




しかし今それをやるのは何となく負けのような気がして、シンタローは
アラシヤマの思惑にはまる様に手の中のチョコレートを包む箱を剥ぎ取り、
紙の擦れる音で正気を取り戻したアラシヤマに見せ付けるようにまず一口
食べた。





「…おいアラシヤマ」
「へぇv」
「どうして中におたべの皮らしきものがぎっちり詰まってんだよ」





硬い音を立てて噛み砕かれるはずだったチョコレートは、何故か中に入っていた
大量のおたべの皮によって情けない音を立ててシンタローに飲み込まれていった。
チョコの甘ったるさの合間に見え隠れするニッキの匂いが凶悪な味を作り出して
いる。それ以前に造形に懲りすぎて口に含みづらい。一口サイズでも無ければ、
頬を抉るような角がいくつもある。



仕方無しにやっとのことで噛み砕いたかけらを舌の上で転がしていると、
アラシヤマが何かを求めるようにじっとシンタローを見つめてきた。




期待と不安、両方の感情を詰め込んだアラシヤマの目がシンタローを
追い立てるように見つめてくる。





「今度から余計なもん入れんな」





なるべく目を見ないように言ってから、はしゃがないように持っていた
チョコのかけらをアラシヤマの口に押し込んだ。勢い余ってチョコを持った
指ごと突っ込んでしまったのに気付いたが、気にせずしばらく放置して
アラシヤマの反応を待つことにした。




口の中の異物に一瞬だけ顔を顰めたアラシヤマは、シンタローが手を引こうと
しないのに気付くとやれやれと言った様子でエサを強請る犬のように舌を絡めて
きた。
指が右に動けば右に、左に動けば左にと追ってくる舌の感触を楽しみながら、
ぼんやりとアラシヤマを見つめる。





ふと彼の同居人の事を思い出した。





監視カメラがあると言っていたからお互い派手な行動には出られないだろうが、
それでもこれまで目立った噂も無く過ごしてきた事は事実だ。
アラシヤマが他人とまともな生活を送れるとは思いもしなかった。斉藤も飄々とした
男のようだったから、根暗のアラシヤマとの生活なんてすぐに逃げ出すと
思っていたのに。




ガンマ団の利益になることは総帥としては推すべきだと思うが、この島に居るときは
ただのシンタローだ。
私欲のためにアラシヤマを斉藤から引き剥がして自分のもとに置いても誰にも
咎められることは無い。






いい加減ふやけてきた指を軽く噛まれて、シンタローは乱暴にそれを引き抜いた。






だらりと糸を引いた唾液をアラシヤマの服に擦り付けようと手を伸ばすと、
寸前で手首を掴まれて素早くハンカチで包まれた




「遊ぶんやったら後始末もしなはれや」
「うっせーな、鼻かむぞこれで」
「すんまへんどした」




即座に土下座を始めたアラシヤマの腕を取って、無理やり立ち上がらせた。



バランスを崩して倒れこむ彼をひょいと肩にかついで森の奥へと
歩き出しても、アラシヤマは疑問の声をあげることも無く黙って体重を
預けてくる。




今日は野宿な、と声をかけても返ってくるのは解っていると言わんばかりの
了承の声。逆に急に外泊してパプワに心配されないのかとまで聞いて来る。










心配する必要は無い、と言うシンタローの右手には歯型がくっきりとついた
チョコレート、左手には抱え上げられたアラシヤマ。
隣を歩かせてくれ、と頼むアラシヤマを無視して森の奥へと突き進んだ































































「シンタローさん遅いなぁ…何かあったのかな」
「シンタローなら心配いらないぞ」
「えーでも落し物拾いに行っただけだろ?」
「見つかったから喜んでいるんだろう。もう寝るぞ!」
「?…まぁパプワがそう言うなら…」





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バレンタイン後の小話。
本誌が妙なところで終わっているので完全に捏造です。
余りにもかけ離れていたら修正するか消すかしようと思います。


ハジメの存在はシンアラにとっても毒にも薬にもなると思います。
美味しい位置です。可愛いし!



2005.02.16up
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