肌に張り付く空気さえじっとりと湿った暗い洞窟の中、微かに反響しながら
誰かの話す声が聞こえてくる。それと同時に、何か紙にカリカリと書き記す音も。
一定の時間を置いて吐かれる長い息が時計代わりになってしまっている。



「○月×日…今日はトージくんが犬侍とわての仲を勘ぐってヤキモチ妬いてくれはって…」
「…」
「ああトージくん、そないに拗ねんといて!」
「…ネクラちゃーん…多分もうそろそろお昼頃なんだけど…」
「わても好きどっせ、トージくぅううんッ!」
「………」



分厚い日記帳の上に鉛筆をほうり投げてデッサン人形を壊れんばかりに抱きしめる
アラシヤマを見ながら、斉藤ハジメは一人静かに涙した。












































さくらんぼ












































「あぁこうして日記読み返すとあんさん来てから大分経ったんやね」



腐ってもガンマ団のNo.2であるアラシヤマに力の限り抱きしめられたトージは
案の定壊れてしまい、今は取れてしまった片腕に包帯を巻かれて肩から布で吊られていた。
しかも客用の布団が他に無いからと言って添い寝さられている。
勿論この様子も心戦組の有料チャンネルで垂れ流しにされているわけで。



自分が少し常軌を逸した姿で看病されているのはまだ良いとして、その後ろで
割烹着を付けながら野菜を刻んでいるアラシヤマの姿まで映されるのは酷だ。





無事に手柄を立てて帰ったとしてもあらぬ噂を立てられては泣くに泣けない。






目の前に差し出されたうどんを啜りながらちらりとアラシヤマを見ると、
何処か責められるような目でじっとり睨まれた。




「…あ、おいしーですネクラちゃん」
「そらよかった」




忘れていた言葉を出すとアラシヤマはにっこりと笑って立ち上がる。



やっぱり笑えば普通に可愛いとは思う。夜の闇に紛れそうな真っ黒な髪と瞳は
彼においてはひきこもるための要素となってしまいがちだが、それでも
敵国の元総帥に熱を上げる自分の総大将よりかは似合っているだろう。



さらさらな黒髪と言えば先日アラシヤマを生き地獄に叩き込んだ新総帥も
青の一族には有り得ない黒髪だったと思い出した。
シンタローとか言う男もにっこり笑えば可愛いのか、と考えた瞬間にうどんが
鼻から出そうになったので深追いはしないことにする。






「犬侍、熱はどない?」
「もう無いじゃねーの」
「どれ」






ぴたり、と何の躊躇いも無く押し付けられた額に目を限界まで見開く。



額と額をくっつけあって熱を確かめ合うのはご都合主義の恋愛漫画か
風邪薬のCMで親子がわざとらしくするだけでは無かったのか。
アラシヤマは目を閉じて真剣に自分との熱の差異を調べているようだが、
斉藤にとっては初体験だ。ひんやり冷えた額が気持ち良いのは事実なのだが。



ややあって額を離したアラシヤマの頬はうっすら赤かった。





「何ネクラちゃん、俺のうつった?」





斉藤の熱は腹の怪我のせいで出たものだから当然アラシヤマに伝染るはずは
無い。一応聞いてはみた斉藤も何故アラシヤマが風邪をひいたのかは解らない。



「いや…熱あるかどうか調べるんわこうやるもんや思ってたんどす…」
「は?」
「せやけどどうも違う気ぃするわ…」



相変わらずアラシヤマの頬の赤みは引かない。



友達という単語に異常に反応していたから昔から人とのコミュニケーション
が不足していたことは解るが、いくらなんでもこれは無いだろうと斉藤は思う。
周りの人間から知識を得られないなら書籍からそれを得るだろうし。



だとしたら選んだ書籍が妙な方向性のものばっかりだったのか?






「うーん…本当の計り方のがええんやろか?」
「本当?」
「シンタローはんが友達同士で熱測る時は舌で診んのが一番やて…」
「…シンタローってこの前来た新総帥サンだよな…?」
「へぇv」







顔を綻ばせるアラシヤマはそのまま黙っていれば可愛いのだが
問題はそこでは無く、そんな嘘を平然と教えるシンタローとあっさりそれを
信じているアラシヤマだ。



ガンマ団のNo.2でえげつない策士という肩書きは単なる噂レベルの話なのかと
疑いたくなる。
背中に少し嫌な汗を感じながら布団の上で少し後退した。右腕にこつりと当たった
トージを素早くひっつかみ、アラシヤマの眼前に持ってくる。





「そんならこっちのトージくんにしてやれ、熱あるかもしれねーし」
「トージくんはベロ無いどっせ」
「…いつも会話してんだろ…」
「心を通わせとるんどす」





ねぇトージくん、と頬を赤らめて身を捩らせるアラシヤマに少し寒いものを
感じたが話を逸らすことには成功したらしい。
一瞬でも張り詰めてしまった気がゆるまっていく。



にこにこ、にこにこ色で表すなら紫という感じの洞窟の中、アラシヤマの周り
だけ幸せオーラが輝いている錯覚に陥る。
それにアラシヤマの顔が可愛いと思ってしまったあの笑顔だ。
























ふ、と意識を取り戻すと目の前にアラシヤマの鼻筋が見えた。
両手には自分とは違うやけにひんやりとした肌の感触。
直接相手の鼓動がどくどくと伝わってくるくらいだから密着している
のだろうが、何故か顔はぼやけている。



一体どうしたのかと声を出すために動かした舌はぐに、とぬめった何か
に阻まれた












「、…ああもう熱は無いみたいやね」












あっさりと言われた言葉の意味をゆっくりと噛み砕いて脳に送りこみ、
理解したところで布団に突っ張っていた腕の力が抜けた。



どさりと自分の上に倒れこんできた斉藤に軽く顔を顰めるアラシヤマは
しっかりと布団に縫い付けられてしまった。
首筋に斉藤の吐き出す息が少し不規則でかかる。押し付けられた肩は
何故かぴくぴくと震えていて、泣くような理由もなかったからきっとこれは
笑っているのだろう。しかしそう思ったところで今度は笑う理由が解らない。



もしかしたら腹の傷が原因で痙攣が併発されたのか、とアラシヤマが
多少焦った様子で起き上がるために片腕に体重をかけようとするが、
斉藤の手が伸びてきてやんわりとそれを制した





「ひゃはははは…ッ」
「『ひゃはは』なんて笑うお人初めて見ましたわ」
「いやー面白ぇな」
「わてが怪我人の心配しとんのになんやの。頭の方がおかしうなってしもたん?」






あくまで斉藤の行為には触れないアラシヤマを見て豪快に噴出した。
気がついたら引き寄せてそのまま布団に押し付けて、無我夢中で唇を
吸ったのに相手がこうだと自分のした事が朝の挨拶くらい日常的な事の
ように思えてしまう。



異様に友情に執着する根暗な奴だと決め付けていたが、どうやら多少は
訂正の余地があるらしい。



むしろマイナスからプラスへと好転するくらいに斉藤はアラシヤマに
興味を持ち始めた。





起き上がることを諦めたアラシヤマの頬を両手で包み込み、
長い舌をちろちろと揺らしながら斉藤はにんまりと満足気に笑う。
いまだ斉藤を「可哀相な怪我人」として扱おうとするアラシヤマは
きょとんとした顔で次の行動を待っている



















「アラシヤマ、俺とトモダチになろーぜ」





















効果はすぐに現れた。



アラシヤマの精神がそれを受け入れるまえに体が勝手に反応し、
盛大に血を噴出したのだ。勿論鼻から。良く見ると涙もだらだらと流れて
いる。顔にびちゃびちゃとかかったアラシヤマの鼻血を手の甲で乱暴にぐしぐしと
拭いていると、目の前で祈るように手が組まれた。




「ああ…お父はん、お母はん…わてに新しいお友達が出来ましたえ…」





恍惚とした表情で呟くアラシヤマは今にも天に召されそうだ。
本当に幸福によるショック死とか出血多量とかの原因でアラシヤマが
死んだ場合、手柄は自分になるのかと斉藤は真剣に考える。



早く帰りたいのはやまやまだが、此処でアラシヤマを観察していたいのも
また事実。




それにアラシヤマと濃厚な友情を育んで心戦組に引き入れれば、戦力的に
大して変わりは無くとも腹心の部下に裏切られたシンタローの心労はかさむ
だろう。






「斉藤はん、これからよろしゅうにv」







それにだ、いけ好かない敵国の総帥にこの笑顔を独占されるのは
勿体無い。あんな不器用な扱い方しか出来ないなら、こっちは幸せすぎて
怖いとアラシヤマに言わせるまでだ。

























友達になった記念、と豪華な夕食の用意をするアラシヤマの後姿を
見ながら、新総帥に向かってこっそり中指を突き立てた。



---------------------------------------------------------------------------------

16000HITありがとうございました!鎖夜様のみお持ち帰り可です。



ハジアラでシン絡み、ラブコメとの事でしたが蓋を開けてみれば
ただのイチャラブでした…しかもシンタローが直接絡んできません(土下座します)



なのでハジメちゃんのアラシヤマへのラブっぷりがコメディ、という事で
一つお願いします。コモロに次いでアラシヤマを大切にすると思います。
この先どうなるかは解りません!



ちなみにBGMは大塚愛の「さくらんぼ」でした。
冒頭らへんで気付いた方も多いと思います。指差して笑わないでください(真顔)




ありがとうございました!


2004.12.09up
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送