土埃によって薄汚れてきたマントをはためかせて歩くアラシヤマの顔は
険しく、纏っている空気はピリピリとまるで帯電しているようだった。



しかも隣には何故か嫌っているはずのシンタローが呑気にだらだらと歩いていて、
それが彼の機嫌を著しく損なっているようだった。



いつもならアラシヤマの肩にはコウモリのテヅカくんが居るためここまで機嫌が
悪くなることは無いのだが、生憎テヅカくんはウィローと遊ぶので忙しいため今
此処には居ない。







此処がテヅカくんの暮らす島で無ければシンタローごと容赦なく焼き払いたいと
心の中で毒づくアラシヤマと裏腹に、シンタローは上機嫌だった。







「晴れて良かったなーピクニック日和だ」








眩しそうに片手で顔を覆いながら空を見上げるシンタローの声を聞き、
アラシヤマは今度トットリの下駄を盗んでおこうと固く誓った



















































馴れ合いでは無く






















































ひらひらと風に舞う花びらがアラシヤマの髪に触れる。




しばらく無言のまま歩いて着いた先は一昔前の少女マンガでヒロインが恋人と
駆け回っていたような広い花畑だった。
綺麗なものを愛でる習慣が無いわけでは無いが、特殊な生態系が形成されている
この島のことだ。鼻をくすぐる花の香りには何か妙な効能でも含まれているかも
しれない。





しかし今一番問題なのはシンタローの自分に対する態度と機嫌の良さだ。





鼻歌を歌いながら、花に被害が少ない位置を見極めてうきうきとレジャーシートを
敷く姿は士官学校時代に自分と首席を争った人物とは思えない。










アラシヤマが対応に困りかねていると、後方から不躾な足音が二つ近づいてきた。
それと同時に標準語とは遠く離れたイントネーションの会話が聞こえてくる。
すぐさま頭に浮かんだ二人の姿に眉を寄せながら、予想がはずれているようにと
祈りながらアラシヤマは後ろを振り向いた。






「アラシヤマがいるべ」
「シンタローも居るっちゃ」







馬鹿オーラを全開にして現れたトットリとミヤギを見てアラシヤマは軽く意識が
遠のくのを感じた。思わず両腕に炎が巻き上がるのを抑えて二人を見ると、
いつの間にかシートに仲良く並んで座りシンタローに茶を勧められていた




新手の嫌がらせだろうか。それともシンタローの真意も解らずにのこのことついて来た
自分を笑いに来たのだろうか?





懐からスイカを取り出してオヤツだと言い張るミヤギの脳みそにそんな事を考える
余裕は無いはずだ。しかしアラシヤマのイラついた視線に気付いたトットリはしばし
無言で彼を見つめた後、アラシヤマの愚かさを笑うように息を吐いた。










「言いたい事あんならはっきり言いやぁ、忍者はん」
「お前なんかに言ってやる言葉なんか無いっちゃ」











瞬間見事にトットリだけが炎に包まれ、ワンテンポ遅れてミヤギが情けない
叫び声をあげた。平然と人を燃やしたアラシヤマも、その炎に包まれているトットリも
表面上は目が眩むほどの笑顔だった。ミヤギは笑うトットリを見て大したこと無いと
判断したのか、シンタローの持つバスケットから勝手にクッキーらしきものを取り出して
食べ始めた。





とっとと住処に戻ってテヅカくんの帰りを待とうかとも思ったが、此処で退散しては
トットリに何と言いがかりをつけられるか解らない。逃げたなどと思われてはプライドが
粉々になってしまう。










煤で黒くなってしまった肌を何故か無事なハンカチで拭っているトットリの真正面、
つまりはシンタローの隣に割り込んで座った。







「スンタロー、何でいぎなりピクニックなんかしようと思うたんだ?」
「ん?いや別に、思いつき」
「ふーん」








冬眠前のリスの様になってしまっているミヤギの口から食べかすがこぼれ無い
のが心底不思議だ。すでに許容量を超えているだろう口にさらにクッキーを詰め込もうと
手を伸ばすという行動も。




原因は考えるまでもなく、ミヤギの横でハンカチを片手に甲斐甲斐しく世話を焼く
トットリの甘やかしだろう。シンタローは呆れながらも笑って二人を見ている。








とりあえずこの三人を意識から消せば、頬を撫ぜる程度の柔らかい風が吹く花畑で
お茶をするのは悪くない。テヅカくんと居る時は幸せで満たされていたと感じていた
のだが、やはり自分には多少なりとも一人の時間が必要らしい。
シンタローが自分で飲むために次いだお茶を横から奪い去って飲み干すと、ピリピリと
気を張り詰めるのも馬鹿らしくなってきた。




真横でシンタローが自分を咎めている声がするが、アラシヤマの耳はそれを見事に
聞き流していた。





とりあえず、といつものくせで正座していた足を崩すとなんとなく教官に隠れて
煙草を吸っていた頃の感覚が湧き上がった。懸命に背伸びする必要も無くなった今は
むしろ健康を害すると嫌うようになった煙草の匂いがふと記憶から浮き上がる。







思い出された情景にアラシヤマが一人薄っすらと笑っていると、急に大きな影に
包まれ、振り向く間も無く鈍い衝撃に小さく声をあげた






「ぅわッ」
「なーにやっとるんじゃ」
「…ッ!それはこっちのセリフやわ」






嫌悪感を隠しもせずに振り払われた手をそのままアラシヤマの頭に振り下ろして
ぐしゃぐしゃとかき回して豪快に笑うコージに、少し大げさにため息をついてやった。
普通に声をかければ良いのに何故肩に手を回さなくてはならないんだ、とブツブツ呟く
アラシヤマの頭をもう一度かき回してから、コージは当然のようにシートに腰を下ろした




響き渡る獣の雄叫びのような腹の音から、食べ物を求めて此処まで辿りついたことが
解る。ミヤギが全て食い尽くしてしまうかと思われたクッキーは、残り半ばと言うところで
一気にコージの口に放り込まれた。






「ああ!オラのクッキー!」
「すまんのう、腹減ってたんじゃ」
「まぁまぁミヤギくん、あっちで僕が花冠作ってあげるっちゃ」






玩具売り場の子供なような駄々をこねられる前に、とトットリが考えていたかは
解らないがある意味誰よりも幸せな二人は花の海へ駆け出していった。
悪びれもせずクッキーをお茶で流し込んだコージの腹は少しは満たされたらしく、
いっそ笑えるほど煩かった腹の音は消えてなくなった。







「あんさんちゃんと噛んだんやろな」
「おお、勿論じゃ」
「っつーか今ので茶ぁ無くなっちまったじゃねぇかよ」
「ほんだらそろそろ帰ろうかのう」
「「たかりに来ただけかッ」」








珍しいシンタローとアラシヤマの同時ツッコミも大して気に留めることもなく、
コージは食べかすの付いた口元を乱暴に拭うと本当に帰ってしまった。
彼の座っていた後だけにクッキーの食べかすと、こぼれたお茶の水滴が散っている。



無言で手渡された布巾でアラシヤマがシートを拭く。黙々と汚れをふき取っている最中、
はたと今の状況に疑問を感じて顔をあげた








「われ何で人に拭かせとんのや」
「ようやく気付いたか。お前の方が近いから良いかなーって」
「ようも抜けぬけと…」
「そんぐらいで怒んなよ。ほら、あいつら見習えって」









シンタローが指差す先には、花の冠を被って全くの違和感を感じさせずに
嬉しそうに微笑むミヤギと、彼に付き添ってまるで何処かにカンペでもあるかの
ようにべらべらと褒め言葉を散らしているトットリ。




何処を見習えと言うのか。




無理をしてあれと同じような言葉を吐いたところで、歯が浮く。浮くどころか
勢い良く飛び出すかもしれない。それならそれで、シンタローに刺されば良いと
思ったところでアラシヤマは我に返った。





「俺が人と馴れ合わんの知っとんのやろ」
「おう」





言葉から感情が滲み出しているアラシヤマに笑いかけながらシンタローが
頷く。そんなら、と言い負かそうとしたアラシヤマの眼前に何かの袋が突き出された。





目の前で揺れるその袋からは、甘ったるい砂糖の匂いとバターの香りが漂って
きている。訝しげにそれを見つめていると、片手を掴まれて強制的にそれを
持たされた。





「…なんやの」
「ん?あー…まぁ、…受け取っておけよ」






目を逸らしながら言葉を濁すシンタローの手から渡された袋をしげしげと
見つめる。袋に毒が塗ってあるわけではなさそうだ。そろそろと袋を開けて
中身を確認するがクッキーが少量詰まっているだけでさして変わったところは
無い。剃刀でも入っているのかとがさがさと袋を振るが異常は見当たらない。









変な匂いが混ざってはいないか、と手で風を作って匂いを細かく確認しようと
近づけた顔を軽く殴られた。











「てっめぇそんなに俺が信用できねぇかよ」
「俺に信用されてると思うてたんならアホ確定やな」




は、と馬鹿にしたように鼻で笑うとシンタローは怒るわけでもなく、微妙に
顔を歪ませて言葉を詰まらせる。
一度開いてしまったものを再び返すような神経は生憎持ち合わせていなかった
アラシヤマは仕方なく、と言った様子で懐にそれをしまった。




それを見たシンタローがホッとしたように表情を緩ませるのを見て
アラシヤマはいよいよ意味が解らなくなった。





「何がしたいんや」
「わざわざケンカの種話すほど物好きじゃねーよ」
「今の状況見てそれが無駄やと解らんほど堕ちたんか、われ」
「…」






二人の間に沈黙が落ち、それを笑うかのように楽しそうなミヤギとトットリの
声が辺りを包む。空気の落差に耐え切れなくなったシンタローがあいつ等、と
小さく呟いた。




帰ろうと立ち上がったアラシヤマを目で追いながら、シンタローもシートを
ばさりと広げ土ぼこりを払って畳み出す。







「何ががしたいんや、ほんまに…」
「…礼がしたかっただけだ」
「は?」
「あの…俺が、コタローを抱きしめているとき」








ガン、と鈍器で殴られたような感覚をアラシヤマを襲う。




あの時、無粋な真似をしようとしたジョッカーを制した自分らしくない自分。
シンタローには気付かれないと思っていたからこそ出た言葉と行動を思い出して
カ、と頬に赤が散った。
それはシンタローも同じようで、恥ずかしさからか後姿から見られる耳は赤みを
帯びている。




他人の心情を汲み取る事など早々無いことなのに、その上相手が忌み嫌っている
シンタローだからばつが悪い。









しばらく二人、赤くなったまま無言で立ち尽くしていたがそれが十分に恥ずかしい
光景だと気付くとアラシヤマは逃げ去るように足を森へと向けた。




シンタローが引き止めることは無かった。
戻ってきたミヤギとトットリと何やら話しているのが遠くに聞こえて、アラシヤマは
歩く速度を速め、ついには走り出した。懐に入ったクッキーの袋を落とさないよう
しっかり抱きとめて。













言葉にしたら喧嘩に発展すると考えた彼なりの感謝の気持ちを抱えながら、
アラシヤマは立ち止まっていくら待っても収まらない動悸にイラついた。







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22222HITありがとうございました!パイナップル様のみお持ち帰り可です。



伊達衆を書くことが稀なので方言が凄くたどたどしいので申し訳無く…
というか指定がシンアラ+刺客(トットリ、ミヤギ多め)だったのにシンアラ未満に
なってしまいました。すいません…!



シンアラはお互いに意識し始めたのがあの握手、士官学校時代の潜伏期、南国時代の冷戦期、
南国後半からの(アラシヤマの一方的な)蜜月期を得て今の二人になっていると思っています。



リクエストありがとうございました!


2005.02.05up
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