「斉藤はん、ちょおこっちに注目ー」
何をするでもなく、布団の上にごろごろと転がっていた斉藤に声がかけられる。
面倒くさそうに首をアラシヤマの方に捻ると、目の前に怪しく蠢く大根が
突き出されていた。
「ぅおッ!?」
飛び起きて刀を手に取ると、何しはるの、と炎で手を弾かれた。
牽制のための炎は大して熱く無い。斉藤は冷たい洞窟の床に転がった刀を拾い上げ
ながら、真正面からは見ないようにその大根を確認した。
「あとこれ」
次いで目の前に差し出されたのはいつか見た夢見がちな胞子を飛ばすキノコの縮小版
だった。さすがにつついても胞子は出なかったが、かさの模様は食べれば1upそうな
毒々しい赤と白の水玉。
ちらりとアラシヤマを見上げると、にっこりと笑顔を返された。
「いや笑顔はいいから、何コレ」
「今日の味噌汁の具、どっちがよろしおす?」
「…2択…?」
「へぇ」
宗教画に見られる聖母のような無垢な笑顔に、アラシヤマが本気だと知った斉藤は
一目散に洞窟から走り去った。















分析し難し







数分走ったところでようやく言い用の無い恐怖が薄れ、斉藤はゆっくり速度をゆるめ
だらだらと歩き始めた。走ったことによって出た汗と、恐怖から出た脂汗が交じり合って
気持ち悪い。どうせ洗濯するのは自分じゃない、と腕に巻いた包帯でそれを拭っていると
背後の茂みがガサリと動いた。
「俺にはどっちとも無理ィイイイ!」
「何言ってるんですか斉藤さん」
反射的に構えると、呆れたような声にばさりと切り捨てられた。
「、ソージ?」
「そうですよ。やだなーもぅ」
くすくすと笑われ、斉藤は居心地が悪そうに顔をしかめた。ソージに一瞬でも隙を見せれば
それこそ精神が参るまで徹底的にからかわれる。今までは近藤という格好のエサが
あったから良い様なものの、今こうして二人で対峙していれば自然と弄ぶ対象は自分へと
すり替わる。
自分の失言にソージが興味を持ちませんように、と祈るように斉藤は口を開こうとした。
「斉藤さん、アラシヤマさんに特殊なプレイでもされそうになったんですか?」
「…ッ!」
予想もしなかった次元の返しに、斉藤は声も無く崩れ落ちた。普段はぴたりと閉じている
狐目を薄っすらと開けて、ソージは違うの、と言った。
そんな事あるわけない、と言い返したかったが様々な感情が入り乱れて体が言う事を聞かない。
この手のタイプの人間は沈黙を肯定と、とにかく自分の都合の良いように取るから厄介だと
解りきっているのに。
「斉藤さん受けだったんですか」
聞こえてきた言葉に、斉藤は弾かれたように立ち上がった。にこにこと満足そうに笑って
頷くソージに必死に首を振って否定するが、すでに遅かったようで差別はしませんよ、と
妙な理解を示されてしまった。
「違うッ俺は妙なナマモノを味噌汁の具にするって言われただけだッ!」
「え、そうなんですか」
あっけらかんと答えたソージは明らかに残念がっていた。ずっと叫んだわけでもないのに
体中の水分が全て蒸発してしまったような渇きに襲われる。その代わりに心は雨が降った
沼のように淀んでじとりと重く感じる。
「すいません斉藤さん、僕勘違いしてました」
「っったく…」
「もうすっかり夫婦みたいになってるんですねぇ」
「ぇ、はぁ!?」
「いいですよ、恥ずかしがらなくて。じゃあ僕用事があるんで!」
反論を与える隙を与えずに早口でまくし立てるソージを呆然と見送り、斉藤は頭を抱える。
自分が傷癒えてもあの洞窟で必要以上に暗いアラシヤマと共同生活を営んでいるのは
あくまでガンマ団総帥の首を狙うためであって、それ以上でもそれ以下でもない。
彼を抱きこんでしまえば少しは楽になる、と考えて無理に友達面をしているのは事実だが、
ソージが言うような関係は発生していない。
それとも、毎日同じような生活リズムの中で同じ物を食べていたらそのうちに
情が生まれてなるようになってしまうのだろうか。
思考がどんどん重苦しい方向へと流れていく。それを止める事も出来ず、斉藤はくるりと
踵を返した。
「別に、あいつの作った物全て食べる義務があるわけじゃないし…」
独り言が多いのはアラシヤマの癖が移ったのだろうか。誰に聞かせるでもなく、自分を
納得させるために一語一語確かめるように言葉に乗せる。
このまま何処か身を隠せる場所で夜を明かそうか、と腰に手を当ててハッとした。
慌てて出てきてしまったため、アラシヤマの居る洞窟に刀を置いてきてしまったようだ。
それが無くとも一晩くらい無事に過ごせるだろうが、いつも携えている刀が無いと
妙に落ち付かない。
「………」
さっさと戻るべきだろうか。
友達と言う言葉をチラつかせて上辺だけ友好関係を築いていたとしても、結局は敵同士。
もし奇跡が起こってシンタローが彼を訪問して、監視カメラやアラシヤマが使うはずも無い
刀を見たら余計な勘を働かせるに違いない。
そうすれば彼らと戦うことになる。アラシヤマも笑顔も、もう見ることは出来なくなる。
「今それは関係ねぇえええッ!」
何故か浮かんできたアラシヤマの笑みに、斉藤は必死に頭を振った。元の顔立ちが良いのも
笑顔が割りと好みだったのもこの際認めるが、戦う事を否定するような考えを持った自分の
脳は力の限り否定したい。
「あいつとは敵同士、敵…敵…」
必死にそう唱えないといつか自分の方が寝返ってしまいそうで、斉藤は両手の拳を握り締めた。
いつの間にか足は止まっている。
この島は人を変えると誰かが言っていた。自分も、例に漏れず何かしらの影響を受けて
しまったのだろうか?
「あぁ居た、斉藤はん」
ホッとしたようなアラシヤマの声に、斉藤はびくりと肩を竦めて視線を地面から前方へと
移した。
息を切らし、頬を紅潮させてにこりと笑うアラシヤマ。その手には、そこから逃げようと
しているかのように暴れる大根。
「何持って来てんだよ馬鹿ッ!」
「ああ、思わず…」
パ、とアラシヤマが手を開くと大根はひらりと地面に降り立ち、一目散に森へと駆けて行った。
「まともなキノコが見つかったさかい、はよ夕飯にしましょ」




アラシヤマ曰くまともなキノコを使った味噌汁は確かに美味かった。
他のオカズが白米と焼き魚だけというのは少し物足りない気もしたが、腹は十分に
満たされた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様どした」
挨拶だけはきちんとすませて、斉藤は布団の上にごろりと横になった。冷たく硬い
洞窟の中で唯一寛げる場所だ。それを見たアラシヤマは牛になるだのだらしないだのと
一通り斉藤を咎めた後、食器を持って台所へと向かった。
「なーアラシヤマ」
「へぇ」
「ちょっと笑ってくんねぇ?」
「…は?」
のそりと起き上がってアラシヤマの真横に立って顔を覗き込むと、訝しげに目を細められた。
促すように頬をぺちぺちと叩くと、更に深く眉間に皺が寄せられた。泡にまみれた手がいつ
斉藤を振り払うかも解らない。
躊躇せずに額をごちりと突合せ、先に自分が笑ってみた。
アラシヤマはぱちぱちと目を瞬かせた後、ぷ、と噴出しけらけらと笑い始めた。
汚れた両手をサッと流してアラシヤマが斉藤の顔を押し返す。
「何やの、もう」
「べっつにぃ」
一仕事終えたかのような晴れ晴れとした表情をしている斉藤を見て、アラシヤマが苦笑しながら
食器を拭き始める。柔らかそうな白い布が水分を吸い取っていくのを見ながら、斉藤は
布団へと戻った。
「アラシヤマ、明日もちゃんとした味噌汁作れよ」
「言われんでもちゃんと作りますえ」
何言うてはるの、とアラシヤマが不思議そうに首を傾げる。それには答えずにんまりと笑って、
枕を引きずり出して体を布団に沈みこませた。
ぐるぐる悩んでいたのが馬鹿みたいだ。このままいつも通り暮らして、いつか来る別れの時に
まだ笑顔を見たいと思ったら、攫って行ってしまえば良い。


そう言えば毎日俺の味噌汁を作ってくれ、なんて言う求婚の言葉があったな、
と思いながら斉藤は大きくあくびをした。



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久しぶりのハジアラ。恥アラ。
ギャグ→シリアス?→ラブという私がいつも陥っているパターンです。
いつか甘酸っぱいだけの読んでいるだけで身悶えて「何こいつら!」って叫ぶような
恥アラを書きたいです。


2005.04.21up
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