俺が悪かったってのは頭では解っている。
誰だって自分の大切な物を壊されたら怒るだろうし、その元凶を
口汚く罵ってしまう事もあるだろう。





「…………」




でもGは罵詈雑言なんて吐かなかった。




無残に引き裂かれたテディが俺の手に握られているというのに、
何も言わずに、でも何か言いたげにこっちを見ているだけで。
いっそ立ち直れなくなるくらいキツイ言葉で責められればどんなに
楽だろう。







いつもは優しい光を放っているGの目は暗く、冷水を流し込んだように
冷たかった



































メビウスの





































気付いたら俺は獅子舞ハウスを飛び出していて、行き着いた先はいままで
見たことも無い薄暗い森だった。一心不乱に走りすぎたせいだろう、此処が島の何処か
など解らない。迷った。


最近戦場で暴れまわっていないせいか、すぐに息があがってしまう。
体に酸素を供給するために酷使された肺と喉が焼け付くように痛む。
最後に大きく息を吸い込んで、俺は湿った地面に倒れこむように寝そべった









「しばらく、帰れねぇな…」








俺が気まずいから、という理由もあるが何よりGは俺の顔など見たくも無いだろう。
それともあの心臓が冷たくなるような目で俺を断罪するのだろうか。
俺が犯した罪がどれだけ重いかを思い知らせるために





此処にGは居ないのに、考えただけで心臓が凍りつく感覚に陥る






昨夜俺は隊長と飲み比べをして、二人とも馬鹿みたく酔っていた。
隊長はマーカーに細々と世話を焼かれて早々に寝てしまったけど、俺は
黙々とぬいぐるみ用の服を縫っていたGに絡んで飲みなおして、そのまま
崩れ落ちるように寝てしまった。



朝起きたら、手には大きめのテディがただの布キレになって収まっていたのだ。







何でそうなったのかは全く記憶に無い。もしかしたら夢の中で羅刹風でも放ったの
かもしれないし、テディばっかり構っているGに無意識に反抗したのかも。


後者だったらもうどうしようも無い。謝ったところで許してくれないだろう。
いや、Gだったら許してくれるかな。それまでみたいに仲良く、とまではいかなくても




じっとりと濡れた地面が体温を奪っていく。
これ以上このままで居たら風邪を引くのは解っていたけどどうにも体が動かない。
地面に吸い込まれていくような…いや、浮き上がるような感触?
いくら何でも浮き上がるのはおかしい、気持ちは沈みまくっているのに。




そう思って閉じていた目を開けると、何故か視界が緑に染まっていた










「…え…何ッ…!?」









驚いて後ろに飛びのくと、今まで自分が居た場所にその緑色の何かが
針のように変形して突き刺さった。触手のように蠢くそれの表面にはびっしりと
赤い球状の突起がついていて、それぞれに粘液がまとわりついている。


本体を辿れば、ある一点を中心に放射状に似たような触手が何本も伸びている。
動いていないものは先端がゼンマイのように丸まっていた。






「ドロソフィルム…!?」






以前スペインに遠征した時、変わり者の露店業者が食虫植物を販売していた。
比較的乾燥した地域に自生しているという、粘液で獲物を捕らえる食虫植物ドロソフィルム。
粘液は食虫植物の中で一番粘土が強い。ドロソフィルムから逃れたハエがその後張り付いた
ガラスから動けずに干からびて死ぬほどに。





形状から言っても目の前にあるのはドロソフィルムに間違い無いだろう。
背丈が俺の数倍あるのも、地面に落ちた粘液に触れた地面がしゅうしゅうと音を
立てているのもきっとこのパプワ島によって育ったせいだ。











「食虫植物ってんなら大人しく虫食ってろっつーのッ!」











触手の1,2本をズタズタに切り裂いてやれば俺を食う気など失くしてしまうだろう、
と碌に技名も叫ばずにカマイタチをそれに向かって放った。
スパスパと切れる触手から、ばたばたと粘液が零れ落ちる。ご丁寧に内側まで
気を使っているのか、とあざ笑おうとしたらその粘液が髪に一滴飛んできた





「…ッ!」





瞬間、髪が煙を出して消えうせる。あざ笑うどころか賞賛ものだ、内側の粘液は
強酸性らしい。
俺の能力を考えると分が悪すぎる。触手以外は自由に動かせないようだし、
すぐに逃げれば事無きを得るだろう。あんな酸で焼かれる痛みはそこそこ手加減してくれる
同僚の炎とは比べ物にならない。



そう、思っている矢先手足に触手が絡み付いて、目を見開いている間に空高く
持ち上げられてしまった。





「ちっきしょ…」





逃げようともがくたびに触手の粘液が体に塗りつけられていく。
根元の触手を切って酸を浴びずに逃げようかとも思ったけど、この高さから
落とされたらただでは済まない。俺の能力は身を守るほどの力を放出は
出来ないようになっている。切り裂くか、風を生み出すか。


無事に落ちたとしても触手と抱き合っていてはどちらにしろ無駄だ。
両足が粘液でくっついてしまっているし、歩くことさえ困難だろう。






根元の中心がぽっかりと空いている。底が良く見えないが、真っ暗だ。
いつからドロソフィルムは対人間兵器に成ってしまったんだ。








死ぬのかな、と思ったらGの顔が浮かんできた。




素直にあの場で謝っておけば良かった。許してくれなくても、生きていれば
どうなるかは解らなかったのに。普段からフラフラと出歩く俺をすぐに探しに
来てはくれないだろうし、やっとおかしいと思ってくれた頃には俺はコイツの栄養に
なって触手の中を駆け巡っているかも。



















小さくため息をついて目を閉じたと思ったら、地面が割れる音がして
体がゆっくりと落ちていった





「ロッド!」





名前を呼ばれてびくりと目を開ける。下に視線をやれば、真っ青な顔をして
両手を広げるGの姿。なんだろう、随分と質素な天国だな。でもあれだ、Gが
居るなら最高じゃないか?




俺は酷く安心した顔をしてその腕の中に落ちた。ゆっくり落ちたと思っている
のは俺だけで、実際は2mを超す大男が空から降ってきたら猛スピードになって
いたんだろう。しかもかそくして余計に重くなっているだろうし。




ぐ、と呻いてGが地面に倒れこむ。俺を抱く腕は離さずに。と言うか、粘液のせいで離れない
触手は、根元の方で千切れていた。












……粘液?





「現実ッ…!」



今度は俺が真っ青になる。血の気が引く、ってのはこんな感じなのかと解るくらいだ、
よっぽど酷い顔をしたんだろう。薄っすら目を開けたGが心配して起き上がろうとするが、
べっとりついた粘液のせいでそれもままならない。
よく見れば頭から血が滲んでいる。倒れたときに石にでも打ち付けたんだろう。




「G、G…」




何も出来なくでひたすらGの名前を呼ぶ。粘液がついてなくてお互い自由に動かせるのは
首から上だけだったから、目一杯顔を近づけて流れている血を舐め取った。
途中で何度かGは痛みに呻いて眉根を少しだけ寄せる。それを見るたびどうしようも無い
ほど自分が情けなくなって、血が止まるころには俺は泣いてしまっていた。






ぽたぽたと雫がGの額に、頬に落ちていくのをただ見ていた。ああ、また汚れてしまった
とも思ったけど嗚咽が邪魔して何も言えなかった。










「…地爆波」
「え」









突然呟いたGに弾かれたように顔をあげると、ついそこまで伸びていた触手が
本体に引きずられて地面に吸い込まれていた。



「あ…」



心臓が潰れそうだ。
ぼそりと呟いたGがいつもより格好良く見える。危ないところを助けてもらって、
しかも巻き込んで不謹慎かもしれないけど、俺の顔は多分真っ赤だ。
恋する女の子はいつもこんなに苦しいほど心臓を騒がせているのだろうか。



地割れで出来た穴に沈んだドロソフィルムを注意深く見ていたGがこっちを見る前に、
その唇を塞いでしまった。




目をぎゅっと閉じるけど、瞼がぴくぴくと震える。
何でこんなに緊張しているのか全然解らない。初心な女の子じゃないんだから、
と自分に言い聞かせても動悸も顔の火照りも収まらない。






収まらないと唇を離せない、とぐるぐる考えているとGが微かに笑って、そのまま
俺を抱きかかえるように立ち上がった





「G…ッ」
「帰るぞ」





そう言って微笑まれて、俺はやっとまだ謝っていないことに気付いた。
一度は止まったかと思った涙がまだ溢れ出してきた。鼻の奥がツンとして
酷く痛い。




「Gごめん、ごめんなさい…ほんとにごめん…」
「いい。早く帰ろう」






幸いGの足は無事だったのでなんとか獅子舞ハウスに帰ることが出来る。
でも俺はそれよりもGがいつもの優しい目に戻っていたのに安心してぼろぼろ泣いて、
Gにどうしとうも無く惚れていることを再確認していた。



粘液がつかないように注意しながら肩に首をうずめると、Gの頭が少し傾いて
手の変わりに撫でてくれる。いつもなら過剰なスキンシップは好まないGが珍しい。
嬉しくなってぐりぐりと擦り合わせると、Gが笑った気配がする。




















獅子舞ハウスに戻ったらマーカーちゃんあたりが中国4千年の秘儀みたいなので
この粘液を綺麗さっぱり取り去ってくれるだろう。理不尽で不条理なあの同僚なら
この世の不都合など全てひっくり返してくれそうだし。




べっとりとくっついて離れない俺たちを見てマーカーちゃんが激怒することは
容易に想像できたけど、Gが居るからそれでも良いかと思ってしまった自分はもう
末期なんだろうか。Gも同じ事を考えていてくれれば幸せの極みだ。










































結局獅子舞ハウスに戻った瞬間、扉の前で仁王立ちしていたマーカーちゃんに
燃やされてしまった。勿論Gごと。
その熱で粘液はあっさりと全部溶けて足元にどろどろと固まった。



その後マーカーちゃんが3倍速でお説教をされて、俺とGは後ろでこっそり手を繋ぎながら
にまにまと笑ってやり過ごした



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14000HITありがとうございました!クニヤン様に捧げます。


メビウスの輪、表を辿っていったらいつの間にか裏に→ケンカしてたらいつのまにかラブラブ
という恥ずかしい構図でお送りします。リクエスト内容が細かかったので割りと早く
書き上げることが出来ました。


ロッドが乙女と言って良いのかどうか微妙ですが、とりあえず恥ずかしいことはたくさん
心の中で考えさせたのでこれで勘弁してください…(こそこそ)



恥ずかしくて何度かメモ帳ごとぶち消したのは他ならない私です。
ラブラブ読むのは好きだし書きたいけどどうしても途中でこっちが恥ずかしくなって
グダグダに…



クニヤン様、申告ありがとうございました!これからもよろしくお願いします。


2004.11.03up

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