「あ、また死んだ」



薄暗い部屋の中、ぼそりとロッドが呟く。
この間降りた町で偶然出会った女に買ってもらった小さなテレビと、
リキッドの部屋から応酬したゲーム機。画面に映っているのは名も知らないRPGだ。
「ねぇG、また死んだよ」
自分のベッドに腰掛けて本を読むGに声をかけると、彼はそこでようやく外に意識を向けた
のか部屋の暗さに顔をしかめた。入り口付近にある電気のスイッチを入れながら、再び
ベッドに腰掛ける。下心などではなく、単に他に座れるスペースが無いだけの事だ。
乱暴にゲーム機の電源を落としたロッドは足の踏み場の無い部屋をすいすいと泳ぐように
横切り、Gの居るベッドに飛び込んだ。
スプリングが洒落にならない音を立てて軋み、さながら断末魔のように聞こえる。
実際何処かが壊れたらしく、凹んだまま戻ってこない。困るのは飛び込んだ本人なので
咎める理由は無いのだが。
「ロッド、スプリングがいかれたぞ」
「んんー?いいよ、我慢するから。Gも我慢してね」
言葉の裏に艶っぽい意味を汲み取って、にやにやとこちらを見上げるロッドの額を
軽く叩いた。全く気にしてない様子のロッドは、Gが本を読んでいる事もおかまいなしに
腰に巻きつき、投げ出された足に頭を乗せた。
「ああもう、リアルを売りにしてんなら魔法もリアルにしろってのー」
「魔法?」
「うん、MP無くなったら魔法使えねぇんだもん」
「…しかし、実際に魔法を使える者など…」
「何言ってんだよ、俺ら魔法使いみたいなモンだろ?」
「…それもそうか」
「それに俺、魔女からこの力もらったんだよね」
「…………………何?」
とんでもない事を言い出したロッドに読んでいた本を閉じて聞き返す。自分に完全に
注意が向いた事が嬉しいのか、ロッドはにこりと笑ってGの頬に口づけ、今日の天気を
話すような気軽さで口を開いた。




























魔女のお茶会










































その時ロッドはまだ10歳を過ぎた頃で、地元の割と大きな小学校に通っていた。
後頭部が綺麗に禿げ上がった中年の教師が読み上げる物語がどう頑張っても面白く
思えず、ロッドは昼食を食べると急いで校庭に走り出て、気付かれないよう壁に
ぽっかりと開いた穴から抜け出した。
学校から家までの道はしっかりと覚えていたが、それ以外の町並みは余り覚えて
居なかったが、雲の位置を覚えていれば大丈夫だと思っていた。その日は風も
無く、空の様子が変わらないように見えたからそう考えたのだろう。

当ても無くさ迷うのは味気なかったので、遠くに見える小高い丘を目指して走る
事にした。すれ違う大人たちがこんな時間に何故子供が、と言う表情をしていたが
咎めるものは誰一人として居なかった。
丘へ入ろうという時、一匹の猫が目の前に立ちふさがった。真っ白な毛で青い目の、
すらりとした猫。優雅しっぽを振りながら、まるで立ち去れとでも言うようにくい、と
顎を使った。
「なんだよぅ!」
ロッドが右から抜けようと体を動かせば猫もそちらに移動し、左に動けば左に。
しばらく攻防戦を繰り返した後でロッドが強引に走り抜けようとすると、
鼻っ柱を見事に引っかかれた。
「丘に行っちゃいけないの?」
むくれたロッドが問いかけると、猫がこくりと頷いたように見えた。
ぱちぱちと目を瞬かせて、目を零れ落ちそうな程見開いて猫を凝視すると、
あきらめた様子で猫が丘へ向かって歩き始め、少し行った所でロッドを振り返った。
「やった!」
猫の後をついて丘を駆け上ると、そこでは近所の女たちがお茶会を開いていた。
白いテーブルに白い椅子、白いポットに注がれた紅茶を白いカップに注いで微笑んで
いる。テーブルの真ん中には大量の生クリームが使われたケーキがどしりと
置かれていた。
目をきらきらさせながらロッドが駆け寄ると、女たちはギョッとして動きを止めた。
次いで猫を咎めるような目で見始め、やれやれとため息を吐き出す。
「坊や、何しに来たの?」
「何にも!丘に来たかったから」
「そう。でも此処に来ちゃいけなかったのよ」
「何で?」
きょとんとしてロッドが問いかけると、話していた女が困ったように笑った。
ますます解らなくなって混乱していると、後ろから抱え上げられ、誰かの
腕の中に抱き込まれた。
「此処に来る理由を作ってしまえば良いじゃない」
「ちょっと、何言ってるの」
ロッドを抱えているのは初老の女だった。皺が目立つ顔を更に歪めて、にっこりと
笑ってロッドの頭を撫でる。
「良い、坊や」
「俺ロッドだよぅ」
「ロッド、貴方に素敵な力をあげるわ。自由に駆け回る風の力」
「何それ?」
「貴方が望めば何処にでも風が吹く素敵な力」
「ふぅん」
「魔女の力よ」
初老の女が得意げに言った途端、ロッドはけらけらと笑ってしまった。
魔女なんて遠い昔の御伽噺でしか聞いたことが無かったからだ。しかも頭の中にある
イメージは、真っ黒でぼろぼろな服を着て樫の杖を持ち、しわがれた声で話す老婆で、
目の前でお茶を飲む女たちとは到底似つかない。
ひとしきり笑って滲んだ涙を拭くと、ロッドは女の腕から這い出て地面に飛び降りた。
「坊や、風の力はもう貴方の中にあるわ」
「えーそんなの要らない」
「この力は丘に登ってきたしまった貴方への罰と、此処に貴方を招いてしまったお詫び」
「罰ぅ?」
「そうよ」
女は曖昧に笑って一歩下がった。沈みかけた日の光に気付いてロッドが慌てて駆け出すと、
その女が背後で何かを囁いた。


何、と振り返った先には吹き始めた風になびく草だけが見えた。
先ほどまでお茶会をしていた女たちは忽然と消え去っていて、まるで風が煙を散らせた
ようだった。















「んで、家に帰って試してみたらせいぜい蝋燭の炎が揺らぐくらいでさー」
騙されたかよ思ったよ、と笑うロッドにそうか、以外に返せる言葉は無かった。
何処から何処までを信じていいのか全く解らない。ロッドの能力が突然発露したのは
事実としても、それが魔女によるものだとはどうにも考えにくい。
「夢じゃないのか?」
「ああうん、俺もそう思ってる」
Gが読んでいたはずの文庫本を奪い去り、それが活字がびっしり詰め込まれた哲学本
だと知るや否や投げ出したロッドが何でも無い事のように答えた。
話の途中何度も脱線して、当時の担任の女教師が妙にセックスアピールが強い服ばっかり
着てきただの、初恋は学校の近くで花を売っている少女だっただの、およそ本題には
かすりもしない事を話していたせいですでに空が白み始めている。
「なら最初からそう前提しろ」
ロッドが投げ出したせいで折れ曲がったページを真っ直ぐに正す。眉根に皺が寄っている
のを確認したロッドは丁寧にGの手から本を取り、わざわざゲーム機の上まで置きに行った。
そこしか平らな部分が無いから。
「怒んないでよ」
「怒ってはいない」
「呆れてんだったら一緒だよぅ」
「…解っているなら、」
「だってもう話して良いって言われたから」
ロッドの言った言葉の意味を理解する間に、体が壊れたベッドに縫い付けられた。
Gを押さえつけながらにこにこと楽しそうに笑うロッドはそれ以上の説明は省くつもり
らしく、息をするように自然にGの服を脱がしにかかっていた。
「それも、夢の話か」
「そうだよ」
Gの首筋に吸い付きながら答えたロッドの声は当然ながらくぐもっていた。
服を脱がすのも首を唾液でベトベトにした挙句に歯型をつけるのはまだ良いが、
全身にみっちりついた筋肉とそれを隠すようについた脂肪で作られた体でのしかかるのは
遠慮して欲しいところだ。
恋人に乗られて骨折、なんて笑えやしない。
「ロッド、降りろ」
「何で、ヤりたくねぇの」
「そうは言っていない」
言うが早いか、ロッドは嬉々として下を脱がしにかかった。咄嗟に重いからどけ、と
言ってみたがロッドは脂肪ごと愛せよと満面の笑みで言うだけで取り合ってくれなかった。


魔女の言う自由な風の力は確かにロッドには似合いだと思いながら、
甘ったるい匂いのする圧迫感に目を瞑った。






















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『世界の魔女と幽霊】という本を読んで、イタリアの魔女の話に
萌え滾ったのです。


夜中に集会を行うのが普通なんですが、昔の話と割り切って
真昼間にお茶会してもらいました。


色々おかしい点はあるとは思いますが、そこは魔女っ子ロドたん萌えって事で
乗り切ってくださいすいません。


2005.04.05up


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