「おーいネクラちゃーん腹減ったんだけど」



いつもより一人分多い食器をがしゃがしゃと少し乱暴に洗いながら、
事実ではあるが嫌なあだ名で呼ばれて顔を半分だけ後ろに向けた。
ざぁざぁと流れる水の音にまぎれて、布ズレの音が聞こえてくる。


洞窟の真ん中に敷かれているじっとりしたお客様用布団に包まった声の主は、
アラシヤマが振り返ったのを確認すると長い舌をちろちろ揺らして笑った

















































招かれざる











































そもそも自分は友達センサーが激しく反応したらからシンタローの居るパプワハウスに
反射的に駆けつけてしまっただけで、彼に眼魔砲を放たれる理由も、それによって負傷した
敵対勢力の構成員を看病する義務は発生するはずも無かったのに。



見事に肘が相手の腹に決まったらしく、目を開けて最初に見たのはぴくぴくと痙攣しながら
泡を噴く、舌の長い男___斉藤ハジメだった





そこから先はよく覚えていないが、大しても重くも無い恩を売られて強制的にこの男を
預からされてから早3日。体の状態は徐々に回復してきたが、敵を介抱していいもの
だろうか。





「なんかメシ作ってよーネクラちゃーん」





友達になりたくない代わりに召使いとしてなら扱っても良いと思っているのか、
当初はトージくんにさえ怯えていた斉藤は今では悪い意味で慣れてしまい、アラシヤマ
を顎で使うようになっていた



大体、朝食が終わってから洗濯物を干して、掃除をして、すっかり忘れてしまっていた
食器を洗っていればもう食事の催促だ。太陽の位置を見れば今が昼だという事は
解るが、いくらけが人とは言え碌に動かずに寝ているだけでよく腹が空くものだ




「ああもう鬱陶しいッそないに腹減ったんならそこらへんの草でも食べなはれ!」





ばん、と乱暴に打ち付けた両手から滑り落ちた皿が甲高い音立てて砕け散った。



それを見た斉藤があーあーとさして興味なさそうに言ったのを見て、アラシヤマの
怒りが沸点に達する。とりあえず至近距離で手をかざして炎の一つでも出して恐怖を
存分に煽ってやろう、と引き攣った笑みで近寄っていくと、僅かだが斉藤が表情を
硬くした。


それに気を良くして額に手をかざすと、なんとも言えない微妙な空気に纏わりつかれた



洞窟内の湿った空気に間違いないのだが、いつもより湿り気が強いというか、
むしろ熱を帯びている


「…」


黙ってそのまま手を額に押し付けると、焼け石のような熱さに思わず手を引いた



どうやら傷が熱を持ってそれが全身に回ったようだ。夏場の犬のように舌をだらしなく
出してハァハァと息を荒げる斉藤が、しまった、と言う顔をする




「あんさん熱あんならちゃんと言いや!対処の仕様があらへんやないのッ」
「うっせーよ!いいからとっとと飯!粥以外のモン食わせろッ」
「阿呆な事言わんといて!」



拉致があかない、と額に鉄拳を食らわしてアラシヤマが叫ぶ。
病人に対してこの仕打ちはなんなんだ、と喚く斉藤を無視して台所へ向かうと、
鍋に材料を放り込んで半ば乱暴に火をつけた。



朝からずっと何かしら声を出したり体を可能な範囲で動かしていたりしたから
無理がきたのだろう。一度傍を離れてしまえば悪態をつくことも無く、げほげほと
咳き込んでいる。







シンタローに見つかったら色々と気まずい。
斉藤はガンマ団の飛行船を襲った山南の一派であるのも一因だが、何より
自分の技をあっさり返してしまった相手だ。プライドの高いシンタローのことだ、
自分が怪我をしていることを差し引くことなどしないだろう。






その敵が自分の腹心の部下から手厚い看護を受けているなんて知ったら
いよいよもって見限られてしまうかもしれない







「責任とりや、犬侍ッ」
「あー…?」







どういった形で責任を取ってもらおうとも納得しないのを前提に、吐き捨てるように
発せられたアラシヤマの声に斉藤が律儀に反応を返した。



「独り言どす」
「あっそ…」
「ええからあんさんは寝とき。いくら何でも病人の寝首はかきまへん」



薬を取りに行こうと棚に目を向けたアラシヤマが一瞬ぴくりと固まる。



ややあって見つめた先は、洞窟の出口。
それを追うように斉藤もうっすら明かりの漏れる出口を見やったが、墓場のような
雰囲気の景色が広がるだけでなんらおかしい所は無い。



何かあったのか、と聞く前にアラシヤマは歩き出していた









「え、ちょっとネクラちゃん?」
「ああもぅ…なんでこないな時にだけ…!」
「?」
「ええか、命が惜しいんなら気配絶っとき!」









刺客でも来たのかと一瞬思ったが自分が刺客であることに気付いて少し自己嫌悪に陥った。
ガンマ団へ刺客を送る敵対勢力はそれこそ世界に腐るほど居るが、時空転移の技術を持っている
のはとりあえずは壬生だけのはずだ。



朦朧とする意識の中で自分の気配をコントロールするのは無謀というものだが、
アラシヤマの言うとおり下手をすれば弱っている自分は簡単に始末されてしまう。
いくらこの様子が有料放送でくまなく心戦chに流されていると言っても駆けつけられるほどの
時間は無いだろうし。



そして自分を始末しに来る可能性があるのはガンマ団総帥のシンタローその人。









徐々に薄れていく気配を背中で感じながら、アラシヤマは足早に出口へと向かう。
入る気が失せるようなうねった長い道が酷くうとましく感じる。刺客を始末するのは
全くかまわないが、お客様用の布団まで出して(出したのはソージだが)看病したのを
見つかれば確実に自分から始末される…




額に変な脂汗をかきながらやっとのことで出口にたどり着くと、少し離れた枯れ木に
寄りかかってこちらを窺がう人物が一人。







「シンタローはん」







恐る恐る声をかけると、シンタローはゆっくりと顔をあげた。いつものしかめっ面だ。
良かった、バレてないとアラシヤマがほっと息をついた瞬間、足元の土が爆音とともに
舞い上がった



弾かれたように顔をあげると、目の前には目を細め、口元を引き上げているシンタローの
姿。傍から見れば機嫌が良さそうに見えるが、あれは本気で怒っている時の顔だ。
その証拠に今打たれた眼魔砲はわざとはずされてはいたが、手加減無しの威力。




「あ…あんなぁ、シンタローはん」
「そうか、アラシヤマにもついに友達が出来たか」
「や、そうやのうて…」
「ああ違ったか。同棲だもんなァ恋人か!」
「ど…同棲?」
「いやぁ、さっきそこでお隣さんに聞いたんだがまさか本当に同棲してるとはなァ」




貼り付けたような笑みと全く抑揚の無い声が一層恐怖を煽る。
無残に抉られた大地を見ながら、己の末路を思って心の中で必死に助けを求める。
真っ先に助けを求めたのがトージくんであることをシンタローが解っていたなら
そこで呆れて帰っているだろうが、すっかり頭に血がのぼっている彼には正常な推測は
出来るはずもなく。




恐らくシンタローに情報を漏らしたのはソージだろうから、中に居るのが敵ですなんて
いちいち言うはずも無いだろうし。











「っつーか恋人さんの気配が薄いぞ」
「いや病人…あ」
「そーか、恋人か」










気配が薄い、という言葉だけに反応して答えを返してしまったアラシヤマが
自分の失態に気付いたときには時すでに遅く。
シンタローの掌に青白い光がゆっくり集まっていくを見ながらゆっくり目を閉じた



















































洞窟の中に押し殺したような嗚咽が響く。
時々しゃくり上げては鼻水をすすり、豪快な音をたてて鼻をかむ音に耐え切れなくなって
斉藤が起き上がる



「戻ってきたと思ったら何でこの世の終わりみてーになってんだ!」



途切れ途切れに聞こえてきた会話から彼がシンタローと会い、何やら仲たがいをして
あの青の一族の技でヤられてすごすごと戻ってきたところまでは解った。
が、全身の傷の手当てをすることもなくただひたすらなき続けるアラシヤマの姿は
心配以前に気色悪い。



ネクラとあだ名をつけたのは正解だったな、と思いながら斉藤は大きくため息を
吐いた。それだけで腹の傷は痛むが息を吐かずにはいられなかったのだ




このままずっとこの調子だと少し困る。ソージはもう来る気配は無いし、彼が世話を
してくれないといつまでたっても此処から抜け出せない。いや手柄を取るまでは
どちらにしろ帰れないが、この陰気な同居生活からは抜けられる





「あの総帥さんにフラれたわけ?」
「ううう…トージくん、わては何でこないな男のためにシンタローはんに嫌われなあかんの…?」
「聞け!トージだかなんだか知らねぇけど!」
「いくら何でも病人放り出すことなんで出来ひんし…でもシンタローはその分離れてまう…」
「…………………………」





涙と鼻水で汚れた顔を拭いたかと思えば、今度は両手で顔を覆ってさめざめと泣き出した。
女が泣いていればどうにか取り繕うことは出来るが、相手は敵で根暗で、まず第一に男だ。
しかももしかしたら自分より年上かもしれない。



泣きすぎて苦しそうだから背中をさすってやろうか、と言う考えも浮かんだが
山南たちに見られていることを思い出してすんでのところで止めた。



しかしこのままでは困る。解熱剤が無くともそのうち熱は下がるだろうが、
あるならあるで早く直したい。そしてとっとと手柄のひとつや二つ立てて
近代的な設備のある飛空挺に戻りたい












「…えー…俺の友達のアラシヤマくん、熱が下がりそうも無いので解熱剤を寄越せ」












嫌々ながらも搾り出した声はアラシヤマの肩をふるわせ、とりあえずは泣き止ませることに
成功した。呆気に取られた表情でこちらを見ているアラシヤマに引き攣った笑みを返せば、
ぱしぱしと2,3度瞬きをされた後、にっこりと笑い返された









「今取ってくるさかいに、待ってておくれやすぅv」



スキップでも始めそうな足取りで棚をごそごそとやり出したアラシヤマを見て、
やれやれと息を吐く。




そう言えば、有料chまで使って此処の映像を流すということは音声も向こうに筒抜けなのだろうか。
きょろきょろと辺りを見回すが、薄暗い洞窟内ではかろうじて生活スペースを確認できるくらいだ。














笑ってる顔は可愛いと、言ってやるのはやめにした。




そう思った自分が恥ずかしいわけではなく、あくまでアラシヤマを調子に乗らせないために。
そう自分に言い聞かせて、斉藤はあらためて大きくため息を吐いた。



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これがギャグで発展する場合、アラシヤマはソージが仲間を見捨てられなくてハジメを
此処に運んできたと思っています。


通常だと此処らでソージが怪しいことに気付くでしょうから、ハジメと腹の探りあいです。
一応怪我が直ってから再戦。



ラブコメに走った場合はこのまま二人で暮らしていきます。ハジメの傷が治る直前になって
アラシヤマが薬を盛り、それを看病。無限ループに陥ります。




パターンをいくつか出したところでハジアラがマイナーであることには変わりありません。
でも根底はシンアラです。シンアラです。

2004.11.20up
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