飛行船はいつだって雲の上を飛ぶ
煩わしい雨に顔をしかめることも無く、どんよりとした曇り空に
気を滅入らせることも無い

太陽の恩恵を一身に受けるのだ
終わりの見えない雲と透けるような青い空に囲まれた箱庭のような
空間で














我が愛しきジュリエッタ














「つまりは暑いはずっすよね?」


特戦部隊専用の飛行船の内部、就寝時間でも無い限り
誰か一人は必ず居るラウンジ内でさして中身の無い会話を
しながら真昼間から酒を飲んでいる同僚三人に尋ねた

つい先日聖地(と書いてジハード)から横暴獅子舞に拉致され、
あれよと言う間に部隊に籍を置くこととなったのは哀れな子ねずみは
諦めがついたのか早めに順応してしまおうと思っているらしかった


「隊長に聞こうと思ったんすけど、なんか部屋にこもってるみたいだし」


なるべくなら関わりたく無い、と補足してリキッドは空いているソファーに
腰を下ろして変わらず酒を飲み続ける同僚をぐるりと見渡した


最初は別段気にも留めなかった
飛行船といっても広告を貼り付けているような類の無人船ではないし、
どちらかと言えば昔やっていたゲームに出てくる飛空挺に近いのかも
しれない

窓は開けられなくとも空調設備がしっかりしているから
船内にいつでも新鮮な空気が流れているものだと思っていたが、
それらしき設備は全く見つからない

機関室に入ってみても飛ぶのに最低限必要なエンジンその他もろもろの
エンジニア不要の設備があるだけだった


「なんだボーヤ、考えもせずに発言したわけじゃ無かったんだ」
「当たり前っす、ヤンキー馬鹿にしないで下さいよッ」
「しかし唐突だな」
「子供の口癖は『なんで?』だからな」


口の端を歪めて笑うマーカーにつられて、ロッドも意地の悪い笑みを
リキッドに向けた
またガキ扱いされた、とリキッドは内心で憤りながらも此処で怒っては
思う壺だ、とこめかみをピクピクさせながら目の前に置かれていた
缶ビールを一気に煽った



「あ、それGが灰皿代わりにしてたヤツ」
「ぶほぉあッ!!」



大したことでも無さそうにイタリア人が指差したのは確かにリキッドが
飲み干そうとしていた缶ビールであった
やばいんならもっとやばそうな声で言えッと思っても多分ロッドは確信犯だ
半分以上飲んだしまった缶ビールを呆然と見つめ、大人はタバコ何本飲んだら
致死量に達するんだっけと必死に動かない頭を回転させるが回るのは走馬灯
だ。気が早すぎる


真っ青になったリキッドとは対照的に真っ赤になってつっぷしたロッドは
どうやら必死に笑いを堪えているらしかった
腹を押さえて肩を震わせている

Gはやれやれと言った様子でロッドを軽く小突いたが、それをきっかけに
イタリア人は爆発したように笑い始めた


「新入り、それは飲んでも大丈夫だ」
「え、でも今…」
「俺は部屋でしか吸わない」


リキッドの呆気にとられた表情がおかしかったのか
口端から零れ落ちたビールがおもしろかったのは解らないが、ロッドは更に
興奮して笑い転げ隣に座っているGをクッションのようにばんばんと叩き始めた

見ればマーカーも口元を手で押さえて馬鹿笑いするのを堪えている



「…ッ騙しやがったなこのクソタレ目ッッ!!!」
「いやーんヤンキーこわーいロッド漏らしちゃーう」
「ああああムカつくッ!」
「怒んないでよぉーリ・キ・ッドちゃん☆」
「ああああああサブいぼーッ!」



「ボーヤ、本来の目的を忘れてるぞ」






マーカーの言葉にリキッドはハッ、として口の動きを止めるが、
自分が何をしに此処へきたのかをすっかり忘れてしまっていた
一度頭に血が上ったせいだろうか、思い出すのはロッドの気持ち悪い
言葉運びだけだ


「…忘れたのか」


子供はすぐ他に興味を奪われる、と幼子を見る母親のような口調で
言われると妙に怒る気を殺がれ、かと言ってこのままラウンジに留まるわけにもいかず、
リキッドはすごすごと自室へと戻っていった







「少し考えれば、特戦に空調設備揃えるだけの金が無いことくらい解るのにねぇ」
「ボーヤはまだ入隊して日も浅いしな、一々教えるよりも放っておいた方が得策だ」
「まぁねーその方が面白いしッ」
「隊長が部屋にこもっている理由も知らせずにいようか」
「ん。あ、でも先輩に暴言吐いたのはムカつくからちょっとお仕置き」
「…ロッド」
「ああ、完璧にやれよ」
「マーカー…」















船内はさして広いわけでもない、自室などラウンジの扉を開けたら
数歩で着いてしまう。まだ甘ったれ思考の残るリキッドは新入りだから
気を使ってくれたのかと考えていたが、近いほうがパシりやすいだろうと
いう同僚たちの心遣いに他ならなかった

扉に貼ってある某ネズミーランドのポスターにだらしない笑みを送ってから
開閉ボタンをぽち、と押すと中から熱く湿った空気が流れ出してきた







反射的にもう一度ボタンを押して扉を閉め、ポスターの
ミッキーマ○スに向かって語りかける。今の惨状はなんなのか、
自分がラウンジに行く前は部屋の中の空気はこんなにも鬱陶しいものではなかった


心なしか周りの壁も熱を持っている気がする


廊下はこんなに快適なのに、そう微風まで吹いて空気の流れが出来上がっていると言うのに
しかしいつもより流れが重々しくなってきた。吹く風も微風どころの話では無くなってきた
これじゃあ自分の吐き出す息の方がまだ解りやすい


リキッドがいくら混乱しても目の前で耳まで達しそうになるほど口を開いて笑っている
ファンシーネズミは助けてくれない、そうこうしているうちに風はピタリと止んでしまった
手でぱたぱたと仰いでみるが生み出された風は温くすぐに消えていった






仕方ない一度ラウンジに戻ろうと踵を返すが、目に入ったのは赤く点滅する
”rock”の文字
軽く鼻血を吹きそうになりながらリキッドはもう一度ポスターに向かった





良くある新人イジメがまた始まったのか
唯一の常識人はどうしたのか、ああそういえばロッドと騒いでいたときに
少し眉間に皺が寄っていた。煩かったからイジメも黙認なのだろうか
蛇顔のチャイニーズにいたっては精神的にも肉体的にも痛めつけることに
快感を覚える人種だ、しかも自分の血を吸おうとした蚊にも奥義を使うくらいの
徹底ぶりだ、嬉々として参戦、いや物足りないとぼやいているかも





何でこんな目に、と廊下にへたり込むと同時に諸悪の根源の顔が浮かんだ





「そうだ、部屋にこもってられんならきっと此処よりマシだよな!」









この飛行船の空調設備はどうなっているかを知りにラウンジに行き、
他に興味を逸らしているうちに本来の目的を忘れ、自室に戻って不可思議現象に
陥ったリキッドは今はひたすら涼むことに思考回路すべてを使用していた


少し落ち着けばちょっと湿った空気など天使の吐息に思えるようなもてなしを
あの獅子舞から受けることは容易に想像出来ただろうに





ハーレムの部屋の扉を数回ノックすると、中から嫌に上機嫌な
声で入室を許可され、赤く点滅していた”rock”の文字が青く光る”open”
に取って代わり、開閉ボタンを押さぬうちに扉が開いた


「よーぉルーキー良く来たなぁv」



後ろで手を組んでトカゲを捕まえた少年のよな笑顔でもって
迎えられた部屋は、酒の匂いが充満している挙句酔っ払いの熱気で
淀んだ空気に包まれているはず、だった


しかし部屋の空気は至って清浄だ
この部屋で淀んでいるのは目の前に佇む獅子舞の笑顔のみ
じり、と一歩身を引いて聞いたのは扉の閉まる無機質な音


チロチロと覗く蛇舌がこれから起こるろくでも無いことを
予言するかのようだ
ゆっくりとハーレムの手が動き、眼前に晒されたのは自分が愛を
誓ったあのファンシーネズミ、ミッキーマ○スの人形


咄嗟に抱きしめようと投げ出した両腕を空を掻き、



「隊長?」
「そーか、そんなに嬉しいか」


にやにやとミッキーマ○ス人形にに頬ずりしながら言うハーレムを
見て、ああなんて羨ましいことをとじっと見つめていると少し人形のディティールに
違和感を感じた
本物はあんな髪のようなもの生えていないし、頬に傷なんてあるはずない





全世界の子供に夢を与えるネズミはあんなんじゃない





「…なんすか、それ」


思えば自分に似ている、隊長の腕の中で押しつぶされて窮屈そうに
腹を歪めているネズミは思い込みかもしれないが悲しい瞳をしていた





「おめーの人形だよ、どっちも可愛がってやるからな!」
「…ッ」













この世のものとは思えないリキッドの叫び声がビリビリと飛行船を揺らす
それは一度で収まらず断続的にあがり、その合間に鼻をすする音と
アリの巣を水責めにしている少年のような笑い声をあげる獅子舞の声が聞こえてくる


それを聞いてロッドが悔しそうに舌打ちを一つ、



「なぁんで獅子舞んとこに行くんだよー意味無いじゃん!」
「ハーレム隊長の部屋までは干渉出来んしな、ああしても良いぞお前が全責任を被るなら」
「マーカーちゃん酷…」



ひゅう、とロッドが手先をあげるたびに風が生まれる
ロッドの髪を散らしていた優しい風は強さを増して、先ほどリキッドをからかうために
使った缶ビールをただのアルミ屑に変えた

ぼたぼたと床に垂れるビールにマーカーが顔をしかめ、ロッドを睨みつける



ロッドは自らの生み出した風が逆巻くのを見つめながら席を立ち、ラウンジの扉の
ロックをはずす

思いのほかこもってしまった空気に顔をしかめながら、新しい風を生み出して
船内を巡らせる。あくまでリキッドの部屋ははずし、自室前の廊下から機関室へと降りる階段、
そして本来なら空調によって自動的に吐き出される風を誘導して外に流してやる


前はこの飛行船にも空調は完備されていた
が、いつだったか獅子舞が酔ったときに眼魔砲を見当違いの方向に打ち、
見事に空調が狂ってしまったのだ


修理のために本部に戻る途中、男臭さにに耐え切れなくなったロッドが
自らの能力を死ぬ気で応用した結果がこれだ
そしてそれを借金大王のハーレムが見逃すはずもなく、ロッドは空調に任命された


最初は微妙な調整が難しく一度空気を入れ替えるとどっと疲れて
軽口も叩けないほどだったが、飛行船に『ジュリエッタ』と女の名前をつけ、
彼女を楽にさせる、と自己暗示をかけてからは常に空気の流れを作っても
平気になったらしい。つくづく単純な男だ


結局リキッドの部屋の空気の入れ替えはしばらく行われなかった

















「愛しいジュリエッタ、恨むなら軽率なルーキーを恨んでね」



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なんだろう、このノリ(こっちが聞きたい)

これから北海道が調子に乗って暑さを持続させなければ
『暑いんだよ思わずマウス取っちゃうよッ!』シリーズ(?)は
これで終わりになるはずです。


ああ、今回は最後までギャグですみました
シリアスなんて出る幕じゃないけどこんなネタ


実際空調くらいちゃんとあると思いますけど、ロッド萌えとしては
こんくらい痛々しいロッドが好みです



ええ、一番痛々しいのは自分だって言うオチですよね、
ええ解ってます。



自分大好きだから良いの



しかしこれは何のジャンルだ。微妙にハレリキ?
…しまった、苦手カプに図らずも挑戦しちまった(黙れ)

04.07.24up
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