目の前が白く霞んでいる
曇りガラスを通したような視界、手足を動かせば
白く濁った空気がゆらゆらと体に纏わり尽き、散ることなく再び
溶けていった。息を吸えば、発作的に襲ってくる咳きがまた空気を揺らした


大またで歩き手を振り、淀んだ空気を切って前へと進む
バチリ、とOFFになっていた空調の電源を乱暴に押すと、霞む視界の中
緑色の光が点った


徐々に鮮明に目に映るようになったその緑色の光から視線を
白い、いや灰色の煙の中心に移せばその元凶がそこに鎮座していた






「空調まで切ってタバコ吸うほどおむつやられとんの?」






清浄な空気が満たされ始めた部屋の中、元凶は始めて目の前が霞むのを
感じた。



後頭部に感じた鈍痛により























不可視的独占























「べっつにタバコ吸うたらあかんとは言うてないどっしゃろ。あんさんすぐイライラしはるんやし、
 それで気ぃ落ち着くんならええと思うて吸いすぎにも目ぇ瞑ってきたんどす。」


そう言っているアラシヤマはイラつく前に潔くキレる。
アラシヤマの短気は有名だったがそれ以上に総帥への忠犬っぷりも有名、なのに何故
こうしてくどくどと、久しぶりに実家に帰った放蕩息子の如く説教されているのだろう


自分の母親は優しく諭すように、いつも微笑みをたたえて静かに咎めるような
叱り方しかしなかったから、この手の説教は新鮮と同時にシンタローの子供じみた
プライドをぎゅうぎゅうと圧迫していた


灰皿からはみ出して散乱した吸殻をテキパキと片付けながら、口は常に動いて説教を
吐き出している


「じゃあなんで分厚いファイルで殴るんだよ総帥様の頭を。しかも角で。」
「主流煙の毒素15倍の副流煙で満たされた部屋におったらさすがに止めますわ!」
「だからって角は…」


そこまで言いかけてシンタローは口を閉じた
アラシヤマがきょとん、とした表情でこちらを見ている。何か変なことを言ったかと
何も言わずに見つめていると、はぁ、と大仰なため息が前髪にかかった




「…やっぱおつむまでやられてもうたんやね、いつもなら即眼魔砲やろ」
「…あー…」
「なぁん、怒気も殺気も殺がれてしもたん?ややわぁ総帥、格好悪」
「頭働かねぇからタバコ吸ってたんだよ…」



キンタローが各部署へ定期監査に出かけて言った後、シンタローは
黙々と書類と熱い視線を交わしながら時間を過ごしていた
出勤したばかりなのに妙に頭のキレが悪くなっているな、とタバコを吸い出したのは
覚えているがそこからさきの記憶が曖昧だった


気づくと足音と空調が入る音が聞こえてきて、目の前がクリアになったと思ったら
後頭部をファイルで殴られ、今に至るのだ



思い出してまた痛みだした後頭部をさすっていると、ふと目の前に影が落とされた
近すぎる視界でぼんやりとした境界線でかたどられているものの、それは
確かにアラシヤマの顔だった


条件反射で頭を抱きこんで唇を寄せようとすれば、ゆっくりと離れたアラシヤマの頭が
高速で戻ってきた




「いッ…!」
「真昼間から盛るんはやめておくれやす!」
「…あ、やばい朦朧としてきた…てめぇのせいだぞチクショー…」
「アホ言わんといて、自業自得やわ」
「んだと、」
「熱あるんやから頭働かへんのも意識が朦朧とすんのも当たり前どす」
「………………え?」




本格的にぐるぐると回ってきた視界に軽く吐き気をもよおしながら
シンタローが返すと、アラシヤマは出来が悪い子供を見るような目をして
睨んできた


そういえば最近はコタローの部屋に入り浸ってそのまま寝こけて朝を
迎え、肌寒さに身を震わせるのが常だった気がする
熱のある体では簡単な記憶を掘り出すのさえ困難だ


熱があると自覚すると余計に頭は鈍り、体は重くなる
唸り声をあげて机につっぷしてしまったシンタローにもう一度ため息を
吐き、アラシヤマは内線に手をかけた


「あ、グンマはん?そっちにキンタロー…まだ来てへんの?ほな来たら
 シンタローはん、今日はもう休むて言うといておくれやす…ああ、ただの風邪や
 心配いりまへん。へぇ、ほな」


ガチャリ、と受話器を置くと漏れていたグンマの甲高い声にやられたのか
シンタローは頭を抱えて唸っていた



「シンタローはん、今日はもう休みよし。ほらベット行きなはれ」
「動くのだるい…」
「肩ぁ貸したるさかい我侭言わんといてや」
「うー…」



此処まで弱弱しいシンタローも久しぶりだ
完全に力を抜いて寄りかかってくるシンタローの重みに
知らず笑みを零してしまう。いつもなら理不尽に放たれる
眼魔砲も休業中、日頃優位に立てない分妙な嬉しさがこみ上げる


シンタローを引きずってベットに横たわらせ、
呼吸を楽にするために軍服の前を寛げると、熱が高くなってきたのか
体中に汗が噴出していた


薬は何処だったか、アラシヤマがうろうろと室内を探し回り
給湯室から水の入った洗面器とタオルを持ってくるころには
シンタローの意識は遠のいていた



「シンタローは…あら落ちてはる」



眉間に皺を寄せて苦しそうに息をするシンタローの額に、
しぼったタオルを乗せて横に座った。冷たいタオルも気休めにしか
ならないようで、一瞬見せた安堵の表情はすぐに消えうせ、また苦しげな
呻き声を発する


提出するべき書類はシンタローを殴ったファイルの中に入ったまま
執務机の上に放り出した。シンタローの印が無ければどうしようもない
ものだから、アラシヤマが代わりにしてあげられるような仕事は無い


もうすぐ正午を知らせるベルが鳴る。
いつも忙しさにかまけて昼食など滅多に取らないから此処にいても
差し支えは無いが、午後からの仕事は部下に引き継ぎをしなければならない
ついでに総帥付の秘書も休ませたほうが良いだろう


シンタローから理不尽な八つ当たりを受けるのがアラシヤマの役目なら、
シンタローの行き場の無い怒気に当てられて胃に穴を開けるのは彼らの宿命だ


元凶が不可抗力とは言え仕事をしないのだから、彼らを
咎めるものは誰も居ない



寝室にも常備してある内線に手をかけ秘書室に繋げるが、
いくら鳴らしても出ない。部屋で倒れているのだろうか?それとも
横暴総帥からの仕事の連絡かと思って居留守を使おうとしているのだろうか?



多分後者だろうな、とアラシヤマは一人ごちて受話器を置いた



「怯えながらの休息はちぃと可愛そうかもなぁ」



シンタローを見れば先ほどよりは幾分呼吸が楽になってきたのか、
眉間の皺は寄っていない
温くなったタオルを水につけて絞り、額の上におき直してアラシヤマが
立ち上がると、制服のすそを掴まれてベットに逆戻りになった


起きたのか、と見ればきつく閉じられた目があった
しっかりと掴まれた制服は手を叩いてもつねっても離れようとせず、
ちりちりと焦がしてやっても尚そのままアラシヤマの制服を離さなかった


「なぁシンタローはん、わて仕事あるんやけど」
「…」
「此処にいて看病しとぉても午後の引き継ぎせぇへんと」
「…」
「なぁ」


無駄だと解っていた一方的な会話はやはり無駄だったようで、
相変わらずシンタローの手の力は緩められない
病床で不安なのは解るがもう今年で四捨五入すれば30歳にもなると
いうのにこれでは余りにも子供じみていないかとアラシヤマは思う


掴まれている制服を脱いでもまたすぐに下のシャツを掴まれるだろうから
此処から穏便に逃げるのは不可能だ。シンタローを燃やしてしまえばすむ
だろうが病床の総帥様に炎を打ち出しては口うるさいキンタローが何を
言ってくるか解ったものではない


「薬、持ってきてもらわんと…」
「いらねー…」
「あら、目ぇ覚めとったんどすか」
「…」
「薬に反応しただけかいな…」


きっとそのうちグンマから事情を聞いたキンタローが戻ってくるはずだ
そうしたらこの大きい子供を引き剥がしてもらうか午後の仕事の引継ぎを
頼んで此処で看病でもしていよう、そう自分に言い聞かせてアラシヤマは
シンタローの寝顔を見て時間を潰すことにした
















2時間後、総帥室から寝室へと入ったキンタローが見たのは
汗だくで唸っているシンタローの隣で暢気に寝こけるアラシヤマの姿


しかもどうやらシンタローは起きているらしく、
キンタローに気づくとこっちに来いと枯れた声で言った



「なんだ、この事態は」
「知らねーよ、起きたらこうなってたんだから」
「…お前、前もアラシヤマを巻き込んで寝ていたな」
「今回は不可抗力じゃねーの?」
「どうせ風邪といってもコタローの部屋で寝こけてたせいだろう」
「…」
「こんなのでもアラシヤマは優秀な部下なんだ、良いか、アラシヤマは」
「二度言うな!解ってるっつーの…」





ブツブツと不平を垂らすシンタローの額に乗っているタオルを
剥ぎ取り、絞りなおしてからべちゃりと投げつけるように置き直す
なんだよ、と目で訴えるシンタローを無視してアラシヤマを起こそうと
肩に手をかける


「あー良いそのままで」
「…お前は良くともこいつとこいつの部下が良くない」
「仕事の引継ぎならさっきした」
「………言いたいことは色々あるが、上に立つ者として少しは」
「だから解ってるっつーの!」





汗まみれの体でキンタローから引き離すようにアラシヤマを乱暴にベットに
乗せ、動いたせいで眩暈でも起こしたのかそのまま倒れこんだシンタローに
息子狂いのマジックの影を見て、キンタローは少しばかり言いようの無い感情に
襲われた


アラシヤマを引き取ろうと手を伸ばしても、呻きながらもその手を払われる











「…やっぱり解ってないじゃないか」














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シンアラはお気遣いの紳士オチが一番楽ですよね!(洗脳)
ほんのり『無給休暇』とリンク。


風邪に気づかないアホな総帥、シンタロー
こんなんがトップだったらガンマ団は破綻してますねー
あっはっは(人事)


余り意味の無いお話。

2004.08.07up
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