ガンマ団の中庭には、何時の頃からか立派な桜が立ち並ぶようになった。
一番有力な噂は前総帥であるマジックが多忙にかまけて息子に構えないから、と
その息子の我侭を丸ごと叶えてしまったから、というものだ。
毎年花見の季節になると誰が言うでもなく仕事が終わった直後から宴会が始まる。
運がよければ現総帥のシンタローの手料理が差し入れられることもあって、ほとんどの
団員が毎日宴会に出席している。
「アラシヤマさん、今日…」
コージから送られてきた暗号文のような報告書を必死に解読していたアラシヤマに、
申し訳無さそうに声がかけられた。ハッとして振り返ると、気まずそうに作り笑いを
浮かべる部下の姿。さらにその後ろに数人の部下が似たような表情で立っている。
「どないしたん?」
部下は答えずに、後ろでに持っていた酒のビンを差し出した。
「ああ…ほな今日はもぉ終わりにしひょ」
にこりと笑みを零してそう告げると、部下の笑顔がパッと輝く。
ありがとうございます、と一礼するや否や駆け出した部下たちを苦笑して見送り、
アラシヤマは窓の外を見やった。タイミングよく風に飛ばされ来た桜の花びらを見て、
開ける事の出来ない構造の窓を恨んだ。
「大勢の人と騒ぐんは嫌いやけど、花見はちゃんとしたいわぁ…」
ぼそりと呟いた途端、部署の扉ががちゃりと開いた。
「アラシヤマ、花見をするからとっとと来い」
まるで自分が言った言葉をその場で聞いていたかのような来訪者に、笑顔で振り向いた
アラシヤマはすぐさま苦虫を噛み潰したような顔に変わった。
目の前に居たのが、キンタローだったから。































慌ただしい君への気持ち































耳を引きちぎりたくなるくらいえげつない嫌味を言ってやろうかと身構えた
アラシヤマを見て、キンタローは懐から一枚の紙を取り出し、彼の机に乗せる。
「これ…」
妙に上質な紙に手書きで書かれたそれは確かにシンタローの筆跡で、珍しいことに
アラシヤマ個人に向けたものだった。筆圧が強いせいで字の形に紙が浮き上がった
裏面を指で無意識に指で擦りながら、アラシヤマは天にも昇る気持ちだった。
直筆の手紙をもらうなんて人生で数度とあった事が無い。せいぜい修行時代にマーカーと
ケンカして口を聞いて貰えなくなって、二人意地を張って筆談を交わしていた時くらいだ。
「ああ、シンタローはんの握ったペンのインクが、この紙に…!」
手紙を舐めかねない様子で顔を近づけたアラシヤマのがすっかり血走っているのを見て、
キンタローは無言で手紙を取り上げた。
その瞬間発火したアラシヤマを見て、興奮のしすぎなのか手紙を奪われたせいなのか
確信が持てないままキンタローは手紙を再び懐に仕舞った。
「ちょぉ、それわてへの手紙でっしゃろ!」
「インクは人体に有害だ。良いか、いくらお前でもインクは…」
「二度言わんでよろしおす」
「む、そうか」
真面目に返したキンタローに一気に興奮が冷め、アラシヤマはパソコンの電源を落として
立ち上がった。
「手紙、内容見てへんのやけど」
「ああ、花見の誘いだ。さっきも言っただろう」
途端鼻血を噴水のように噴出したアラシヤマに、キンタローは低く唸って一歩下がった。
一瞬で違う世界に行ってしまった彼を引き戻す方法など解るはずもなく、唯一反応を示す
であろうシンタローの名前は諸刃の剣だ。下手をしたら更に深い世界に入って手遅れに
なってしまう。
「…アラシヤマ、シンタローが待っているだろうから行くぞ」
「ああ!せやね、うふふわてったら〜v」
いちかばちかの賭けは成功したようで、ようやく現実に戻ってきたアラシヤマは何か
奇妙な動き、多分スキップをしながらうきうきと部屋を出て行く。それを慌てて追いながら、
キンタローは徹夜明けの時より酷い疲労に苛まれた。




「あ、キンちゃん!アラシヤマ!」
しばらくして正気を取り戻したアラシヤマと二人総帥室のある本部の塔へと急いでいると、
痺れを切らして迎えに来たらしいグンマが駆け寄って、そのままの勢いでアラシヤマに
抱きついた。
「あらグンマはん、どないしたん?」
手紙を良く見もしないで恍惚に浸っていたアラシヤマが不思議そうにそう尋ねると、
グンマはやだなぁ、と笑って言った。
「僕もお花見するの!シンちゃんが料理作って待ってるよ」
「ああ!シンタローはんの手料理…!あ、あかん体温が…」
「わぁ大変、はいアイスノン!」
「グンマ、それはドライアイスだ」
「冷…いや熱ッ!?冷たい…ああああ熱ぅッ!」
何故グンマがそんな物を持っているのかは誰もツッコまないまま、ヒリヒリと痛む額を
押さえながらアラシヤマがついに発火した。パチパチと手を叩いて呑気にはしゃぐグンマ
と呆然と燃え盛る炎を見つめるキンタローに、ばしゃばしゃと水が叩きつけられる。
どうやらスプリンクラーが発動したようだ。
他の階が騒がしくならない事を考えると、どうやら作動しているのは自分たちの真上に
あるスプリンクラーだけらしい。故障でもしたのかと考えをめぐらせていると、
落ち着いたのかアラシヤマが炎を収めた。と同時に、スプリンクラーもぴたりと止まる。




「おっまえら、アラシヤマに発火させんじゃねーよ」
廊下の奥、本部へと続く連絡通路からシンタローが歩いて来た。手には小さなリモコンが
握られている。お決まりで抱きつくグンマと、欲望にかられて抱きつこうとするアラシヤマを
するりと避けて、アラシヤマだけ蹴り飛ばす。
「ああシンタローはん、酷おすぅう!」
「シンタロー、またアラシヤマが発火したらどうするんだ」
「アラシヤマ専用スプリンクラー作動させる」
「せっかく作った物を悪用するな、いいか俺がせっかく作った…」

説教を続けるキンタローと不機嫌な皺が見事に顔の中心に集まって西洋の妖怪のように
なっているシンタローを尻目に、グンマは倒れこむアラシヤマの傍にしゃがみ込んで
脈を取った。
当然だが脈はしっかりとしていて、青白い手首に真っ青な静脈がくっきりと浮き出ている。
忙しさにかまけて碌に食事を取っていないんだろうな、と思いながらグンマは彼の頬を
ぺちぺちと叩く。
「アラシヤマーねぇ起きてよ、お花見するんだよ」
「ぅうう…シンタローはぁん…」
だらだらと涙を垂れ流すアラシヤマのぐしゃぐしゃの顔を白衣の裾で拭きながら、耳元に
そっと口を近づける。
「シンちゃんは放っといて二人でお花見しようよ」
こっそりと、激しく言い争いを始めた二人の注意を引かないように抑えた声そう告げても、
アラシヤマは口の中でもごもごと言葉を濁すだけで答えない。
「ねぇ、僕の部屋にシンちゃんがたくさん載ってるアルバムがあるよ?」
途端に飛び起きたアラシヤマに、びくりと飛びのく。
背後で額をつき合わせて罵詈雑言を吐き合う二人は気付いていない。
ホッと胸を撫で下ろし、涙の代わりに涎を垂らし始めたアラシヤマを抱き寄せてにこり
と微笑む。
「じゃ、早速僕の部屋に」
「グンマァアアアアアアッ!」
言い終わらないうちに何時の間にキンタローとの決着をつけたのか、シンタローが
割り込んできた
「チッ」
「あ、てめぇ今舌打ちしたな!?」
「えぇー?してないよ、やだなぁシンちゃん」
にこにこと笑って立ち上がるグンマの背後に何かどす黒い気配を感じながら、シンタローは
酷い状態のアラシヤマの腕を取って強引に立ち上がらせた。
乾いた涙の跡と、未だに口の端にこびり付いている涎をどうしたものかと思っていると、
横からハンカチがにゅっと割り行って来た。キンタローの手だ。
「ちゃんと拭け」
「シンタローはんに拭いて欲しかったわ…」
「、誰かてめぇの顔なんか!」
「じゃあアラシヤマは僕たちとお花見ね」
「安心しろ、シンタローの料理は人数分確保した」
「お前ら何時の間に…!」
まさか二人が結託しているとは思っていなかった。歯をぎり、とかみ締めて二人を睨むと、
至極爽やかな笑顔で返された。こめかみに浮き出た血管が切れるのでは無いかと思うくらい
の怒りに心を支配されながらも、シンタローは無理に笑ってアラシヤマに向き直った。
「アラシヤマ、心友の俺と二人っきりで花見すんぞ」
「ほんまぁ!?」
「おう」
いつもはうそ臭い笑みとともに言っていた言葉が、余裕が無くなっているのか酷く真剣
面持ちで告げられる。半トリップ状態になっているアラシヤマにその違いが解るはずも
無く、呆気に取られたのはキンタローとグンマの方だった。


花見の話を持ち出したのはグンマで、それにアラシヤマを招待する事を提案したのが
キンタロー。シンタローは料理を作る名目を得るためだけに動き、アラシヤマの参加に
ついては最後まで良い返事は寄越さなかったはずだ。
と言っても小学生のような恋愛をいまだ続けている二人のこと、こうなるだろう事は
何処かで予測していたが少し程度が違っていた。
「いいか、てめぇらは来んなよ!」
縄張りに入ってきた侵入者を威嚇する肉食獣のような気迫に押されて、グンマは身を
竦めてキンタローの後ろに隠れた。しかし竦んだのは身だけで、わくわくと浮き立つ
心がその表情からありありと伺える。
シンタローが此処までアラシヤマへの執着を表に出すことは数える程しか見ていない。
その全てにおいて、アラシヤマが正気では無かった事がシンタローの最後の砦なのだろう。
しかし今回は直前までアラシヤマはまともな精神状態にあった。
半トリップに陥ったのは、シンタローに欲しかった言葉を与えられたからだ。
「面白く無いな」
「面白く無いねぇ」
あわよくば酔ったアラシヤマをどうにか出来ると思っていた二人は憮然として呟いた。
中庭に面する窓の外からはすでに始まった宴会の様子が聞こえてくる。
表情以外は人形のように大人しいアラシヤマを荷物のように肩に抱え上げたシンタローは
逃げるように本部への連絡通路を走っていく。
追いかけようと足を一歩踏み出したところで、グンマの両手がキンタローを制した。
「追いかけないのか?」
「ああ、シンちゃんがアラシヤマを眼魔砲で退散させたら迎えに行こうよ」
「…ずっと一緒に居たら?」
「それは無いよ、シンちゃん自分らしく無い行動して色々葛藤してるだろうし」
時間の問題だよ、と微笑むグンマに、キンタローは大人しく従う事にする。
アラシヤマにかける予定の言葉をぶつぶつと考え始めたグンマの目は少し濁っていて、
キンタローは目を逸らしながら見守り続けた。





























「ああ、総帥室だと眺めがよろしおす…」
「そうだな」
「今日はえらい素直やね」
「うるせぇよ」
お猪口に酒を注ぎながら、そっけなく返された言葉にアラシヤマは苦笑する。
本部最上階から見下ろす桜は絶景だった。ちょうど沈む夕日の光が折り重なって、
桜本来の薄紅色に不思議な深みを与えている。
シンタローが作ったという料理は酒のつまみになるような軽いものばかりで、
きっちり二人分しか用意されていなかった。漆塗りの高そうな箸が二膳、料理を
挟んで置かれている。
「グンマはん、えらいあっさり引き下がりましたな」
「裏あるに決まってんじゃねぇか」
「…おお怖」
空になったシンタローのお猪口に酒を注ぎ、薄っすらと微笑んだ。
裏があると言うなら、今目の前で大人しく酒を流し込んでいるシンタローにも
当然裏があるのだろう。せっかく二人っきりで普通の友人らしく酒を飲み交わして
いると言うのに、素直に喜べない事が少し残念だ。
「今日は俺の勝ちだな」
「なん?」
「何でもねぇよ」
無言でお猪口を突き出すシンタローに苦笑しながら酒を注ぐ。


すっかり日が沈んで光源が無くなった部屋の中、シンタローは目の前で微笑んでいる
だろうアラシヤマに気付かれないよう小さく笑った。





















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30000HITありがとうございました!
米志栖斗様のみお持ち帰り可です。


ギャグ指定だったのに甘オチになってしまい申し訳ありません…!;;
というかシンアラオチで良かったんでしょうか。むしろタイトルが微妙ですいません…

ありがとうございました!

2005.04.10up
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