まだ地平線すら白んでいない朝方、アラシヤマは一人海岸線にうずくまって
ぼーっとしていた。



さすがに吐く息が白かったり頬を撫ぜる風が冷たかったりということは無い。
風にまで冷たくされたらきっとアラシヤマは立ち直れないだろう。
それでも両肩が出た服を着て問題が無いというわけでもなく、冷えた腕を
さすってアラシヤマは地平線をじっと見た。




今年は初日の出をまだ見ていない。




元日に見られなかったのだからこれから昇ってくる太陽はもう初ではないが、
自分が見ていないのなら初日の出にもなれる気がする。
そもそも、最近出来た友人に抱きこまれてそのままコタツで昼間で惰眠を貪って
しまったのがいけなかったのだ。






本当なら心友を誘って二人で初日の出を拝もうと思っていたのに。








当人の居ないところではアラシヤマの妄想にツッコミを入れるものは誰も居なかった。
隣で砂の上をごろごろと転がる、斉藤ハジメでさえ。















































く染まったのは
















































「…服砂まみれやないの」
「ん?」
「誰が洗うと思うとんのや」
「俺の大事な友達のアラシヤマ」
「ああっ任せておくれやすぅうう」




アラシヤマに気付かれないように声を殺して笑ってから、斉藤は起き上がって
砂を払った。服の皺に溜まっていた砂がぱらぱらと落ちていく。
少しかかってしまったのか、アラシヤマが目を押さえて小さく呻いた。



薄暗い海岸で目に入った砂粒を探すのは至難の技だとは思いつつも、
反射的に目を擦ろうとするアラシヤマの手を掴んで暴れられる前に砂浜に体ごと押し倒す。
異物を外に出そうとしているのか彼の目からはぼとぼとと大粒の涙が零れ落ちていた。







そういえば、アラシヤマの本棚にあった少女マンガに似たような状況があったのを
斉藤は思い出す。








ただ寝ているだけの生活に飽き飽きしていた時にアラシヤマが乱暴に投げつけて
きたのは顔の半分が目で構成されている少女がにっこり笑っている表紙の漫画だった。
聞けばそれは日本人だという。赤い髪で青い目をしていてもその世界では日本人で通るらしい。




その少女が主人公の漫画で、目にゴミが入ったのを取ってもらおうとした所を
キスしていると好きな人に勘違いされて、だの言った話があったのだ。





砂浜に目に砂が入ったアラシヤマを押し倒して、よく見るために顔を覗き込む。
当然もう少し顔を近づければ唇を奪う事だって可能だし、ともすれば最後まで頂いて
しまうことも可能だ。






「斉藤はん、はよして」
「ああ、はいはい」






今の言葉だって早くヤってくれと解釈することも出来るよな、と思って
周りを見渡して人影を確認する。




あのキノコがこの現場を見ても大して焦らないだろう。すぐに頭に血を
のぼらせてケンカを売ってくる新総帥のシンタローさんが居れば盛り上がるのに。
周囲500m、砂浜を除き見る事が出来る木陰には人の気配は皆無だ。







つまらないと思いつつも、本来の作業に戻るためアラシヤマの目をぐっと
広げる。やはり砂を見ることは難しかったが、白めに張り付いていた黒い点が流れ続ける
涙に乗ったのは見えた。










もう取れた、と顔をあげようとした瞬間背中がざわりとする。











この感じは前にシンタローが来襲した時と同じ感覚だ。
つまりはこの近くに彼がこの状況を面白い方向で勘違いして様子を窺がっていると言う事だ。
普段ならシンタローの気配には敏感なアラシヤマも目の痛みに集中してしまっているのか
全く気付いていない。




「アラシヤマ」
「取れましたん?」
「いーや」




さすがに監視カメラのある洞窟内やお目付け役のソージの生活圏では滅多な
事は出来ないが、さすがに三箇日の間にわざわざ斉藤を追って来るような面倒な
事はソージもしないはずだ。



今この場に居るのはアラシヤマと斉藤とシンタローだけ。





涙でぐしゃぐしゃになっている目にむに、と唇を押し付けるとアラシヤマの体が
びくりと跳ねる。同時にシンタローの気配がするあたりの樹がミシリと音を立てた。





げらげらと笑ってしまいたい衝動をこらえてアラシヤマの首筋に顔を埋めて
力を抜いた。自分よりも一回り大きい斉藤に押さえ込まれたアラシヤマが抜け出そうと
ごそごそと動き出すが、しばらくしてそれも収まった。




「なんやのいきなり…」
「親睦を深めようと思ってさー」




言葉の端に友情を絡ませておけばアラシヤマは疑うという思考回路を切り捨ててしまう。





案の定アラシヤマは甲高い奇声をあげて身を捩じらせていた。
シンタローの気配に気を配りながら、アラシヤマを抱き込んだまま身を起こして
海に体を向ける。




すでに地平線は白んで、いつ太陽がのぼってきてもおかしくない
状況だった。







「もうすぐ拝めんぞ」
「誰かと初日の出拝めるなんて思いもせんかったわ」
「あの新総帥さんとは?」
「ああ…あのお人はそんな暇あらへんし、あったとしてもコタロー様ところどす」






はしゃいでいたはずのアラシヤマの声はだんだんと沈みこんでいく。
それに気付いて居たたまれなくなったのか、シンタローの気配が徐々に遠のいていった。
小さくため息をつくアラシヤマの顔を、ようやく昇り始めた太陽が照らす。



待ち望んでいたはずの太陽なのに、アラシヤマは歓声をあげることもせず
じっと斉藤に抱き込まれたままだ。





シンタローほどでは無いが居心地が悪い。
話題を振った自分にも問題があるとは言え、無理やり振り向かせたアラシヤマの
顔は罪悪感を串刺しにするようなもので。






見たくなくて、彼の唇を塞いで目を閉じた。
日の光に透かされて閉じた瞼の裏側がぼんやり赤く光っている。
薄っすら開けた目に映ったのは、困ったように目を細めているアラシヤマの姿だった。







「いきなり何しはるん?」
「あ、いや…」
「ああもうお日様のぼっとるやないの」
「そうだな」






アラシヤマの声は少しばかり弾んでいる。




斉藤はホッと胸を撫で下ろして、少し乱暴にアラシヤマの肩に顎を置いた。
痛いを抗議するアラシヤマを無視してぎゅうぎゅうと抱きしめる。
子供みたい、と笑われて首筋に噛み付くと、くすぐったそうにアラシヤマが身を捩った。







「あんさんにこないな事言うのもおかしいとは思うんやけど」
「ん?」
「今年もよろしゅうに」
「…うん」




















二人はそのまま赤く染まった空が真っ青に変わるまで太陽を見続けていた。





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新年一発目はハジアラでした!(脱兎)




今年の公約にシンタローを報わせるって入れといたのに当て馬扱い。
しかも一言も喋りやしない。怒気を撒き散らして居たたまれなくなって去っていっただけ。



ああー…今年もシンタローは可哀相な気がしてきた。





2004.01.03up
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