ようやく地平線が白み始めた朝方、パプワ島が局地的な地震に見舞われた。


異次元に位置する島に地震などあるはずもなく、震源地である獅子舞ハウスの
面々は何事かと飛び起きた。薄暗い部屋の中、そっと中二階から階下へと降りる階段を
覗き込むと床で光のようなものが蠢いていた。
目を凝らしてみればそれは蜂蜜色の髪を持つ同僚で、どうやらさっきの地震としか
思えない振動はこの男のものだったらしい。
きっと寝ぼけて足を踏み外したのだろうが、そんなくだらない事で安眠を妨害された
マーカーの怒りは簡単に沸点に達した。
枕元に常備してある青龍刀を片手に構え階段を降りようと足を踏み出す。


「あ、駄目!」


叫んだロッドの声がマーカーの耳に入るまでは良かったが、その言葉に理由を付加しなかった
ためにマーカーの足はそのまま降ろされ、そして体が宙を舞った。


































君を取り囲む白い壁






































ようやく朝日が差し込んで明るくなってきた部屋の中央にロッドが正座したまま
俯いているのを見て、Gが小さくため息を吐いた。
マーカーは足の裏に刺さった大小さまざまな棘を毛抜きで丁寧に抜いている。顔つきは
まさに修羅のそれで、泣く子が黙るどころか見た瞬間生きることを放棄してまいそうな
形相だ。救急箱をマーカーの前に差し出しながら、彼の手前大っぴらにロッドを慰める
事も出来ずにGは2度目のため息を吐いた。
背後にはロッドが踏み外すどころか踏み抜いてしまった梯子が倒れている。
「水飲みたいなぁ、って思ってさ…」
「水を飲むには階段をぶち壊すのかお前は!」
「う…いや、ちょっと勢い良く降りすぎたかな…?」
「ロッド」
「…はい」
「ダイエットをしろ」
告げられた至極当然の言葉に、ロッドは死刑宣告を受けたように顔を歪ませて真っ青に
なった。
マーカーはその反応にとりあえず腹の虫が収まったのか、それ以上ロッドを責める事は
無かった。どうしようとしがみ付いてくるロッドの腕にも、ぴたりと寄せられた腹にも
余分な肉が付いているのは大分前から誰もが気付いていた。
しかし此処は戦場ではなくパプワ島で、しかもガンマ団を離脱した今任務と言う名目で
目一杯運動する事も無い。筋肉を覆い隠すようについた脂肪はすでにロッドの象徴のように
なっていたのだ。
「Gぃ〜」
食べる事を趣味のようにしているこの男に取って、マーカーの言った事は確かに死にも
等しかったのだろう。この島に来てから随分涙もろくなった同僚の目尻を指先でぐしぐし
と拭いながらGは微かに笑った。
「常人と同じように生活をして少し運動量を増やせば良いだけの事だろう」
「面倒くせぇ…」
「マーカーに命ごと絶たれるよりマシだろう?」
「そうなんだけどさぁ」


黙々と朝食を作るマーカーを横目で確認し、ロッドが逃げられない事を悟って気付かれない
ようにため息を吐いた。朝から部屋の中がため息で満たされているな、と笑いながら
ロッドを引きずり、部屋の奥に置いてあるバーベルを掴ませる。
「ほら、一日数十回ずつくらいでいいからやれ」
「むぅ…」
昔は過酷な訓練を呼吸するように楽々とやってのけたのだ。
ブランクが長いからと言って薄っぺらいダイエット本に載っているようなストレッチから
始めなくとも体はすぐになじむだろう。
そう思って朝食の用意を手伝うために踵を返したGは、直後に後ろから聞こえてきた金属音に
素早く振り向いた。
「…」
バーベルが元の位置に鎮座している。どう甘く考えても一桁ぐらいしか実行に移してない
のだろう、その証拠にロッドが嘘をつく時の顔をしている。この男は自分がどんな表情を
して、どんな声を出してどんな言葉を吐けば自分の思い通りに事が運ぶか熟知している。
しかしそれが通用するのは彼を良く知らない者たちで、曲がりなりにも恋人の枠に収まってる
Gまで誤魔化せるはずも無い。
えへら、と笑うロッドを強めに小突くと少しばかり驚いた顔をされた。
「駄目か、やっぱ」
「小細工が通用するとでも?」
「んーねぇ、Gも一緒にやろうよ」
「何?」
「もしかしたらさ、Gも気付かない内に太ってるかもしれないし!」
満面の笑みでそう言ってのけたロッドはどうやら本気で言っているらしかった。
誤魔化しが効かなくなったら周りを巻き込んで事態をうやむやにするのもロッドの
常套手段だ。しかもそれはGがロッドに甘いことを十分に解った上での事だろう。
「…例えば何を?」
「セックs」
「ロッド、古代にはナイフで少しずつ肉を削いでいく拷問があるのだが」
「島の周り走ってきます!」
ある程度は予想が出来た答えと、用意されていたかのようなマーカーの容赦ない
釘刺しにロッドが一目散に逃げ出す。しっかりとGの手を握って、無理やり連れ出す
事も忘れないあたり多少は余裕があるのかもしれない。
衝動的に砂浜まで走ってきた二人はしばらく息を整えるためにその場に座り込んだ。
ロッドは犬のように舌を出して寝転び、ぜぇはぁと大きく息を吸っては吐いてを繰り返す。
疲れやすいのも太ったせいだろうか。
上下する柔らかそうな腹に、別にダイエットする必要は何処にも無いと思いながら、
それでもマーカーの逆鱗に触れぬようある程度は脂肪を削るべきなのだろう。
手のひら全体で押すと、汗ばんだ肌が吸い付いて、沈み込む。これが人体で無ければ
丁度良い枕になっている。
「あーこっちまで来るだけで疲れた…」
「まずは呼吸を整えろ、俺は水を汲んでくる」
「え、良いよ」
森へと足を向けたGに慌てて飛び起き、砂を払いながら腕を絡め取る。
促されるまま振り返ったGとかちりと視線が合い、思わず口付けるように顔を近づけて
そのまま押し倒す。
久しぶりの全力疾走でからからに乾いた自分の舌を、こじ開けたGの唇に這わせる。
手入れをしていない男の唇は柔らかいわけは無く、水分の無いロッドの舌をヒリつかせた。
侵入を拒む真っ白な歯を退ければ、潤った肉厚の舌が向かい入れてくれた。
「、ロッド…」
咎める声が耳に入ってきてもGを押さえつける腕の力は弱まらない。
一度スイッチの入ったロッドに何を言っても無駄な事は経験から解っているだろうに、
それでも一応言葉に乗せてしまうのはGの性格だろうか。
焦るGの顔を見ようと厚い胸板に両手をついて身を起こした瞬間、Gが低く呻き、ロッドを
突き飛ばした。
呆気に取られるロッドが目にしたのは、激しく咳き込んでいるGの姿。
「え、嘘G…」
「……………」
胸を、先ほど自分が体重を掛けた部分を押さえて呻くGを見て、ロッドは血の気の引いていく
音を確かに聞いた。
「ごめん、ごめんG…!俺そんなに太ってたなんて…!」
苦しいのはGのはずなのに涙が溢れてきたのはロッドの方だった。それを見たGが
慌ててロッドに駆け寄ろうとするが、近づいた分だけロッドが後ずさり、ついには勢い良く
立ち上がった。
「俺、しばらく帰らないで自炊して、そんで痩せて戻る!」
そしたら許してね、と早口でまくし立てたロッドは今日2度目の全力疾走で砂浜を駆け抜けていった。
後に残されたGはしばらく座って痛みが引くのを待った後、一人獅子舞ハウスへと帰って行った。









数週間後、ロッドは確かに脂肪を落として帰ってきた。
それは痩せているというよりもやつれている、という印象が強かったが。
覇気が無くなってしまったロッドにマーカーは何を言うまでもなく、ふぅ、と
目を閉じて細く息を吐いた。
「ロッド」
「あ、G…ほら俺痩せたよぅ!」
抱きついてきたロッドの腹は確かに引き締まっていて、以前のように柔らかく
自分を押し返す脂肪はしっかり消え失せている。肉付きが良くつやつやと輝いていた
頬も影が落ちて、全体的な肌の白さも相まってどこか病人のようだ。
「G、胸大丈夫?」
心配そうに顔を歪ませながら、以前自分が押しつぶすところだった胸板を手のひらで
辿る。包帯も何も巻かれていないからきっと治ったのだと思うが、Gの表情は重く
首筋に薄っすらと汗をかいている。目も、合わせてくれない。
「ロッド、Gの怪我だがな」
「あ、マーカー」
「元からそんな事実は無いから大丈夫だ」
「………………はい?」
ゆっくりマーカーの言った言葉の意味を理解して、勢い良く振り返ると同時にGも
勢い良く漁っての方向を向く。首筋どころか全体に噴出した汗が、マーカーの
言葉が事実だと物語っている。
「何それ!騙したの!?」
激昂したロッドが大声をあげ、Gに掴みかかる。数発は殴るかと楽しみにしながら傍観
していたマーカーは、ロッドがぐらりと倒れこむのを見て小さく目を見開いた。
先手必勝でGがロッドの腹に拳でも叩き込んだのか、と思っていると部屋中に響き渡る
低音がその腹から鳴った。
「…腹減った…」
青白い顔でそう言ったっきりばたりと倒れたロッドを慌てて受け止めたGが顔を顰める。
当然だ、今まであった脂肪がほぼ筋肉に取って代わってしまったのだから、引き締まっても
体重は格段に増えているに決まっている。
中二階の寝室にロッドを運び込もうとするGを制止する。筋肉で全身を固めた男二人分の体重
を支えきれるだけの耐久性があの梯子にあるとは思えない。
マーカーの目と肩に食い込む指に本気を感じ取ったのか、Gはロッドを抱きかかえたまま
居間の真ん中に腰を下ろした。
脂肪の塊から筋肉の塊と化してしまったロッドは重く硬く、いつまでもGの膝に馴染まない。
そうこうしているうちに昼食の時間になり、マーカーが動き回っている台所から良い匂いが
漂ってくる。それが解ったのか、空腹で倒れたロッドは鼻をひくひくと動かしてむくりと
起き上がった。
が、自分がGに抱え込まれてると解ると途端ムッとした顔でGを睨みつける。
「…すまん、荒療治の方がお前のためかと…」
「バレた時の俺の反応は考えなかったわけぇ?」
「う…」
「俺の意見聞かないで俺のためとか言うんじゃねぇっての!」
言い切るとロッドはそのままマーカーが運ぶ昼食に直行し、当て付けのように
がつがつと食べ始めた。多分無理な断食ダイエットでもしたんだろう、きっと数日の
うちに元に戻る、いやリバウンドでそれ以上に太るに違いない。
さきほどまで歯を剥いて怒っていたロッドは幸せそうににやけてこんがり焼けた肉を
頬張って、マーカーに気持ち悪いと回し蹴りを喰らってる。
いつも通りの光景が戻ってきた、と微笑ましい気持ちで見守っていると、気分が高揚
してきたマーカーに腕ひしぎをかけられているロッドに恨みがましい目で見られた。







「すっかり戻ったな」
「んーなんか前より太った…ような…」
たるみきったロッドの腹肉をつまみながら、マーカーが顔をしかめる。
後ろからロッドを抱きかかえながらお気に入りの熊のぬいぐるみを抱いた時と
同じような笑みを浮かべているGに、思わず青龍刀を取り出した。
「ロッド、お前はもうダイエットをするな。色々鬱陶しい!」
「え?うん」
にやけたロッドの顔に拳を叩きこんで、マーカーは洗濯をしに外へと出て行った。









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なんて言うか、途中でエロ路線に行って焦りました。

ロッドはずっと脂肪でコーティングされた筋肉をまとって生きれば
良いと思う。それでGは熊のぬいるぐみのような抱き心地にうっとりして、
マーカーは鬱陶しさのあまりすぐに青龍刀を振り回すと良い。

隊長はとりあえずリキッドの所でメシたかってておくれ。
し、白い壁ってのは脂肪ですよ!(誤魔化し)

2005.04.11up
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