ゴツゴツと革靴が床を踏みつける音が廊下に響き渡る。
その後ろからなるべく気配を悟られないように心がけているような小さな足音が
ついていく。


革靴の音にかき消された足音の主が前方を歩く人物に声をかける







長い黒髪を宙に舞わせてゆっくりと振り返ったシンタローの頬に叩き込まれる
はずだった小さな足音の主の手は、呆気なく受け止められてしまった









































不器用












































頬を張るために極限まで開かれた手は今シンタローによって押しつぶされている




小さな足音の主、アラシヤマは悔しそうに唇の端を噛んで一歩下がって
シンタローを見上げた。恨めしそうな眼光つきで




「お前なぁ、もうちょっとマシな作戦思いつかないわけ?」
「せやって気配絶つのが禁止なんやもん。ギリギリ悟られない、って難しおすえ?」
「お前が言いだしっぺだろーが」
「こないに細かい制約付くとは思って無かったんどす!」




そのまま放っておけば骨ごと握りつぶされそうだった手をなんとか離してもらい、
熱を持った指に気休めだと知りつつも息を吹きかける。
シンタローは暇そうにあくびをして頬にかかった長い髪を乱暴に後ろに払うと、
何も言わずに再び歩き始めた



それを見てアラシヤマは次こそは、と拳を握りしめて反対方向に
歩き出す。
















事の起こりはなんのこともない、いつものストーカーじみたアラシヤマの
奇行から始まった


















「シンタローはぁああああんッ!わてとプリクラ撮っておくれやすぅうう!」
「はーいはいはい眼魔砲ー」






廊下の端まで吹き飛ばされたアラシヤマの手から100円玉が二枚滑り落ち、
ころころとシンタローの足元へと転がっていく。シンタローはそれを拾い上げると、
しゅうしゅうと煙をあげるアラシヤマに投げつけた


「ぃだッ!酷いおすわシンタローはんッ」
「何言ってんだ、ちゃんと返してやったじゃねぇか」
「もっと優しく返しておくれやす!」


額にめり込みそうなほど力を込められた小銭を一応拾ってアラシヤマは立ち上がる



今日は隣にキンタローと言う名のお目付け役が居ないからそんなに急ぎの仕事が
溜まっていないのだろう。シンタローにしては珍しいが、それだとアラシヤマが体勢を
立て直すまで律儀に待っていたのも頷ける。
さすがに手を差し伸べたら仕事が極限まで詰まって精神に異常をきたしているのかと
疑いたくなるところだが。




「この年でプリクラでもねぇだろ、むしろ団内にあんのか?」
「へぇ、休憩室に」
「………誰が設置したんだよ………」
「わてとミヤギはんとグンマはんが付いてるフレームあるなら設置してええて団内アンケートで」
「よし今から壊しに行くぞ」
「ぇえ!?なんでやのそんな殺生な!」
「んだよ、なんか文句あんのか?あぁ?」




ひら、とアラシヤマの鼻先にシンタローの手がかざされる。口を開く前に青白い光が
その中心に集まっていくのを見てしまっては下手に反論も出来ない。
ふん、と笑って歩き出すシンタローの後ろに慌ててついていく。やはり今日は機嫌が
良いらしく追っ払われることも無かった。




「なぁ、どうしても駄目なん?」



機嫌の良いうちに、と尚も食い下がるとシンタローが心底嫌そうな顔をして振り返った


「…んじゃあ条件付きで」
「ほんま!?」
「おーちゃんと出来たらプリクラ以外でもして貰いたい事やってやる」
「乗ったぁあああッ!」






























シンタローの出した条件はたった一言、「俺に平手打ちをくらわしてみせろ」



世界最強と名高いガンマ団を率いるシンタローの背後に近寄ることが難しいのは
さして問題では無い、奇行に隠れて忘れられているがアラシヤマとて実力はその次。


本当に問題なのは例えアラシヤマにシンタローに平手打ちをくらわすチャンスが
あったとして、それを実行出来るかだ。一方的にとは言え一応心友、そのシンタローの
頬を張るなどアラシヤマには拷問に近い。打ち所が悪ければ、いやどっちにしろ絶交を
言い渡されそうだ。




「シンタローはん、どうやったら大人しく頬打たせてくれるんやろ」




別に本気で掌を叩きつけなくとも、軽くぺち、と音がする程度なら許容範囲だ。
以前同じようなことをしてイチャつくカップルを何かのドラマで見て以来、アラシヤマの
脳内では自分とシンタローに置き換えた映像がエンドレスで流されている。



たらりと流れた鼻血を取り出したハンカチで乱暴に拭い、総帥室へと足を向ける。



そろそろ三時の休憩だ、お茶を淹れるのはいつからかアラシヤマの仕事になって
しまったので遅れては大目玉だ。良くて手加減無しの眼魔砲、最悪変態ドクターの
元へ1ヶ月献身されてしまう。






ぶるぶると体を震わせながら開いた扉の向こうには、溜まった書類を枕に
高いびきのシンタローの姿があった








「…この前のツケやろか…」







こっそり書類に押す決済印の締め切りを見てみると、ほぼ全てがあの条件を出された
日になっていた。他は全部締め切り超過。あの時は機嫌が良かったのでは無く追い詰められて
いたのか、とアラシヤマは一人ごちる。



シンタローの頬が押し付けられている書類を一枚ゆっくりと引き抜くと、唾液で
せっかく押した印がにじんていた




「もぉ…これじゃ書類提出しなおさないとあかんやないの…」




文責がアラシヤマになっている書類が狙ったかのように再提出を余儀なくされている。
引き抜いた書類を被害の及ばない机の端に置いて、歯軋りを始めたシンタローの顔を
覗き込んだ


うっすらと浮き出ている隈が自分よりかは薄いことに気付いて大して意味の無い優越感
がこみ上げる。こんな所で勝っても、いやこの場合負けたほうが勝ちでは無いか?



調子にのってその目元を指先でなぞってみても、反射的に瞼が動くだけでシンタローは
全く起きる気配が無い。



「…思えばチャンスやな」




そう自分に向かって前置きしてから、ゆっくり右手を開いて中空に構える。
此処で唇を奪おうとしないあたりアラシヤマは一般的に見てかなり人生の大部分を
損しているように思える。




シンタローままだ起きない。




昼寝をするライオンのような獣じみたいびきも、イラつくような大音量の
歯軋りは収まっている。









シンタローの顔を間近に覗き込んだまま、アラシヤマの手がぺちりと頬に
当たった




















「はぁい、おめでとー」
























明らかに起き抜けとは思えないしっかりとしたシンタローの声が静かだった
総帥室に響く。声に反応してびくり、と身をすくませたアラシヤマが流れるように
床に組み敷かれてしまった



アラシヤマの右手はまだシンタローの頬に張り付いたままだ。
その上からシンタローの手が重ねられているため、戻そうとしてもそれは
許されない。ぎっちり押さえ込まれている。



さらさらと首筋をかすめていく長い黒髪に身をよじってこの状況から抜けだそうと
もがくが、力の差は思ったよりも大きく、唯一自由な左手でシンタローの腕や肩を
叩くことぐらいしか出来ない







「おめでとう、アラシヤマくん」
「へぇ…おおきに」






釈然をしない気持ちになりながら答えると、真上のシンタローの顔がにんまりと
歪んだ




「タヌキ寝入りお上手やねぇ、シンタローはん」
「怒んなよ」




嫌味ったらしく唇をはっきり動かして一語一語かみ締めるように言ったアラシヤマに、
シンタローが楽しそうにけらけらと笑う。
機嫌を取るように頬に縫い付けられたままだった掌に唇を押し付けられて、ひくりと
喉を震わせた







「もぉ、ムカついて殺してやりたいわ」
「そ?」
「殺してやるわ」
「ふーん」







にやにやと笑うシンタローにはきっと自分の考えていることなど全て見透かされて
いるのだろう。



その証拠に彼の体を床に転がしてアラシヤマがその上に馬乗りになっても何も言わない。
意味ありげに口端を引き上げて事の成り行きを見ているだけだ















「息出来ひんようにしてやるわ」

















そう言って喰らい付くように触れたシンタローの唇は少しばかりカサついていた






























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12345HITの朝海沙夜様に捧げます、お待たせしました!


書いているうちに私の中の「らぶらぶ」と世間の「らぶらぶ」の定義が真っ向から対立
している気がしてきました。すいません、甘ったるくなくて…!;;

平手打ちも、思いっきり紅葉が残るくらいに力強くやった方が良かったのかもしれませんが、
思いついたのがこのネタだったもので…


拙い作品ではありますが、12345HITのお礼とさせていただきます。
朝海様、リクエストありがとうございました!

2004.10.28up
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