「あぁグンマはん、シンタローはん見んかった?」



その上に乗った人間を映りこませるまでに磨かれた団内の廊下、
研究室へと向かう曲がり角でグンマがにこにこと楽しそうにスキップを
していた。そして自分にかけられた声に俊敏に反応し、軽やかなステップで
振り返った





「アラシヤマ、今から高松のところにお茶しに行くんだ!一緒にどう?」
「人の話さっくり無視した挙句に恐ろしいこと言わんといて!」
「なんか最近薬作ったらしくてー」
「…さらに恐怖を煽らないでおくれやす…」





自然に引き攣る顔に嫌気が差しながら、これ以上馬鹿息子に付き合っていられない、
自分は少しばかり期日の過ぎた書類をあの総帥に提出しに行かなければならないのだ。
これ以上遅れたらきっと介錯無しで切腹、総帥室に彼が居なかったのはむしろ
それがやりたいのかもしれない、と疑心暗鬼になっているのに。



グンマはいつも踊るように歩く。といっても舞うのでは無く、歩を進める
足だけがふわふわと地に着かないように見えるだけなのだが。







「あ、そうそう。高松が開発した薬ね、面白そうだったよ」
「変に枝分かれした大根が出来る薬やろか」







どうしても医務室に行かなければならないような重症を負ったときに見た
歩く大根が幻覚などでは無かったのは後から知らされたことだ。
根毛がびっしり生えた大根に包帯をかえられ、自分は精神まで異常をきたして
しまったのかと青ざめた。それから大根を食べることが無くなってしまった。




余計なことを思い出した、とアラシヤマが片手を額に当てて必死に記憶を
脳の奥底に追いやろうと、あわよくば消し去ろうと無駄な努力をする。
グンマはおかまいなしにその手を剥ぎ取り、両腕で絡め取って廊下を医務室に
向かってスキップを始める






「っちょお、わてが言ったこと聞いてはりました?」
「うん、シンちゃんでしょー?なんか悪魔みたいな笑顔でサボるって言ってた」







高松曰く天使のように笑うグンマが、自分には悪魔のように見える。








実際のところ悪魔はアラシヤマを困らせるために労力を厭わず、そしてそれに対して
微塵も罪悪感を感じないシンタローであるのだが





「漫画でしか見られないと思ってたよ」
「へ?」





歩みを止めないグンマに引きづられるようにして廊下を進んでいたアラシヤマは、
脈絡の無い話題に間の抜けた返事をした。グンマがくるりと振り返り、鞭のような
長い髪がアラシヤマの鼻先をかすめていく。



「あのねぇ、高松が開発した薬って、惚れ薬なんだよ!」





























ベタ






























ああ、少し発火してしまっているようだ。妙に体が熱い。沸騰するようだ
書類を持つ手がぶるぶると震える。そうすれば当然グンマに捕まっている片腕も
震えるわけで、心配したのかグンマがそれをするりと解放してくれた


俯いて必死に状況を整理する、しかし頭の中で渦巻くのは炎が巻き上がるイメージ
だけ。論理的な思考など元から存在などしていないようだ。






「アラシヤマ?」






グンマの窺がうような声は、途中から奇妙な音によってかき消された。
それが余りに化け物じみていたので一瞬解らなかったが、それは確かにアラシヤマの
口から発せられている。ひたすら高音で「キ」を発音し続けているのだ。
口端が上に向かって歪んでいたからきっとそれは笑い声なのだろう。




何か変なスイッチでも入れてしまったかな、とグンマが居心地悪そうに体をもじもじと
させていると、俯いていたアラシヤマが勢いをつけて顔をあげた。




同時に飛び散るのは見覚えのある赤い液体。ぱたぱたとグンマの白衣に
斑点模様を作っていく





















「これでこれでこれでッ!シンタローはんは一生わての友達どっせぇえええェエエエェ!」



















少しばかり破綻した日本語を鼻血とともに喚き散らす彼がガンマ団のNo.2だと
一体誰が信じるのだろう。いや奇行あっての彼だが、さすがにこれは他の団員には
見せられない。特に幹部の情報を噂でしか知りえない平団員には。



徐々にアラシヤマの息が荒くなっていく様を、グンマはボーっと見つめていた。
鼻血を噴出しながら自分の世界に浸る人物が身近にいるため、この手の対応には
もう慣れたものだ。








「ああ、シンタローはん…いややわそんなぁ…ぐふふふ…」









だんだん前かがみになってきたアラシヤマを見ていると、彼を軽くあしらっているシンタローが
実はこの世界で一番の偉人では無いかと思えてくる。高松はさすがに前かがみには
なりはしなかったし。


ああそう言えば早く高松のところへ行かなきゃお茶の時間が終わっちゃう、と
グンマが思い始めたころに後ろからケタケタと笑う声がした







「よーなんか面白いことになってんな」








現れたのは現総帥様だ。さきほど見た悪魔のような笑みも相変わらず健在で。



ああシンちゃん、と言ったきりグンマは再びアラシヤマを観察し始めた。
放っておけばこのまま自家発電に励みそうな彼は非常に興味深いのだが、
背後のシンタローがどことなく楽しそうだったので止めるのは無しにした






「ああ、そういや高松惚れ薬だか作ったんだって?」
「うん」
「なんでまたそんな少女マンガみてぇな真似…」
「サービス叔父様に頼まれたって。『ジャンを完璧な犬にするための薬を作れ』って」
「そんな叔父さん、犬なら俺がッ」
「叔父様なら自分で完璧に調教したがると思うからもしかしたら高松の虚言かもー?」





途中に入った頭の悪い反応は清清しいまでに流して、グンマは淡々と話を繋げる。
シンタローまで鼻血を流して白衣を汚すのはやめて欲しい、前後に血がついている
研究者なんてガンマ団では居ない。居て欲しくない。





「お、あいつの中ではそろそろ挙式する当たりだな、俺と」
「頭の中で人生設計かー凄いね」
「現実に掠りもしないところが特にな」
「うん。凄いよね想像力」
「そうでもない」





シンタローはくつくつと喉奥で笑い、鼻血を流してうずくまっているアラシヤマに
声をかけた。



ゆっくりと振り返ったアラシヤマはどうやら反射的に反応しただけらしく、
相変わらず口からは彼にしか解らない世界で交わしている会話が滑り出ている。
シンタローはちょいちょい、と手を動かしてアラシヤマを呼び寄せる。



「ふふふ…愛してますえシンタローはん…」



口元に耳を近づけ、彼の言っている言葉を聞き取りにやりと笑った










「俺も愛してるよ、アラシヤマ」












シンタローの口から出たのはおよそ彼らしくない言葉で、
アラシヤマの毒気に中てられてしまったしまったのかとグンマは
不安に陥る。シンタローの声音は至って真面目で、アラシヤマを見つめる
その目に宿る光は真剣そのものだ。



何が嬉しくて実の弟の睦言を聞かなくてはならないのだろうか。それに対する
アラシヤマの返答は「今晩のおかずは肉じゃがどす」だったから会話のキャッチボール
はおろかお互いグローブも持たないで自分の手元でボールを弄んでいるようなものだ。




グンマから向けられている冷たい視線に気づいているはずのシンタローは
腕の中にアラシヤマをしっかり抱き込んでえらく幸せそうだ。









「ねーシンちゃんどうしたのさー高松の薬飲んじゃったの?」








彼が惚れ薬を飲んでしまったのなら今の状況も説明出きる。むしろそれ以外の
理由であって欲しくない。本気で惚れましたとか、これからえげつない命令を
するためのサービスだとか。





シンタローは満面の笑みで振り返った。まさか、と前提して口を開く





















「普段こいつにこんなこと言ったら調子乗んだろーが」
























確かにシンタローは笑っていてアラシヤマを抱きしめている、しかし
その口から出たのは普段となんら変わりない言葉。しっかりどすも効かせて。
ただの子供じみたシンタローのプライドの産物。





とことん馬鹿馬鹿しくなったグンマは二人を置いて高松のもとへと向かった











































「ああそうだグンマ様、例の薬ですけど」
「うん」



鼻血の混じったものをよけつつ、アプリコットジャムがたっぷり乗った
スコーンに手を伸ばす。口に頬張ったところで高松が素早く紅茶を入れる





「あれは人の潜在意識に働きかけるものなんですよ。正確には惚れ薬ではなく」
 本音を引き出す薬、自白剤に近いかもしれません」
「うんうん」




頷きながら紅茶に口をつける。高松は何がツボにハマったのか鼻血を噴出しながら
話しを続けた












「シンタロー様に試してみませんか?」












アラシヤマ君をど思っているのか解るかもしれないですよ、と続けようとした
高松の言葉は悲鳴に変わった。グンマが激しく咽たのだ。紅茶を噴出すまでには
ならなかったが




げほげほと咳をするグンマの背をおろおろしながら高松がさする






「あ、あのね高松…」
「はい」
「それはきっとすっごく鬱陶しい結果になるだろうからやめて」
「え?」






いくら子供じみている稚拙なプライドとは言えそれはストッパー代わりだ、
薬でそれを取り払ってしまえばどうなるかは火を見るより明らか。
























「甘いのはお菓子だけで十分だよ」


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あれ?ほのぼののつもりがラブラブ?どうなってんのリースウェルさん。


好きな子をイジめちゃうシンタローと、自分の中の世界で割りと満足できる
電波なアラシヤマさん。彼らは一生会話も人生もキャッチボール無しです。
でも死んだらお互いのボールを一緒に埋められる、そんな二人です。


こんな説明を大真面目でするリースウェルこそが電波ですねすいません

2004.10.10up
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