「えっとーリンゴ!」
「…林檎」
「へーそんな字だったんだ!」
「…何してますのん…」



今にも崩れ落ちそうな研究員が必死に細かいデータをパソコンに
打ち込んでいるその目の前で、グンマが楽しそうにキンタローに話しかけている
重要書類が散乱する机の更にその上に自由帳が広がられ、その周りにはばらばらと
散らばっている色鉛筆。


グンマが持っているのは赤の色鉛筆だ。そしてその芯の先に描かれているのは
真っ赤な丸い何か。横に『リンゴ☆』と描いてあるから多分林檎のつもりなのだろうが
言われなければ解らない。丁寧に名前が描かれていなかったらトマトにもイチゴにも
見えたに違いない




キンタローはその林檎と名づけられた赤い丸を凝視し、「林檎」と呟く。
おそらくおぼろげな記憶と経験から得られる林檎のイメージから
かけ離れているせいだろう。
むしろリンゴの後に付け足された「☆」の意味を考えているのかもしれない





























勉強



























アラシヤマの9割が呆れで構成された問いかけを残り一割の意味で
受け取ったのか、グンマがにっこりと笑って自由帳をアラシヤマの目の前に
広げて見せた。



「キンちゃんとお勉強してたの!」



ああ、突然自由帳を奪われてキンタローが軽く混乱している。
というかこちらを恨みがましい目で見ている。
アラシヤマはぺらぺらと自由帳を適当にめくった後、キンタローの手元に
さっさと戻してやった


キンタローはそれをほっとした表情で受け取ると、林檎らしき物体の横に
きっちりした明朝体で「林檎」と書き始めた。持っているのは緑の色鉛筆、
近くに散らばっていたのを手に取っただけなのだろうがいきなり補色とは将来が
期待できそうだ、とアラシヤマはため息を吐いた




違う、此処での問題はグンマだ。
彼は何と言っていた?リンゴの漢字書き取り問題を出しておきながら自身が
その答えを知らずにどうするのだろうか






「グンマはん、ちゃんと漢字解ってはるん?」
「あ、何だよそれーアラシヤマには負けないよ!」
「日本人に勝てるとお思いかいな、英国人」
「むーぅ…じゃあ問題出して!」





しまった、と思ったときにはもう遅く。青の一族は負けず嫌いばっかり
だが、それはグンマも例外では無いらしい。大人の体に子供の心、いつか
何処かで聞いたような性質のグンマを拗ねさせると後が怖い。悔やんでも
悔やみきれない未来が待っている。



ああ、自分は何故此処に来たのだろうか



それもこの研究室に足を踏み入れたときに見た光景と同時に耳に入ってきた
会話で全て吹っ飛んでしまった。哀れな研究員はそろそろ限界なのか意味も無く
笑い始めている。いっそ無視を決め込もうか。追い詰められた人間をむやみに
刺激してはいけないと言うから。




「はい、アラシヤマ第一問は?」



びし、と右手を真っ直ぐ挙げてグンマが先を促す。
色鉛筆を握り締めてこちらを睨みつけるように見ているキンタローも
準備は出来ているらしい




「ほな…京都」




言った途端に、キンタローが鉛筆を動かした。真っ白な自由帳の左上、余白まで
きっちり同じ幅で書かれた「京都」の文字。アラシヤマはグンマが林檎を描いて
放り出されていた赤い色鉛筆を手に取り、小さく丸をつける。
グンマはしばらく口をアヒルのように尖らせて唸っていたが、数分後に自信たっぷり
と言った様子で書いた文字をアラシヤマに見せた




「今日戸」




「……不正解」
「えぇー」
「今時の不良でもこないな当て字せぇへんわ」
「何それーあ、キンちゃんのが正解?」
「そうどす」



グンマがキンタローが使っているスペースを覗き込み、へー、だのほー、だのと
納得している。でも数分も経てば忘れているかもしれない。今はパソコンが
あるから記憶がおぼろげでも変換キーを押せば正解が楽に探せる。
開発者なら難解なプログラミング言語のいくつかは知っているだろうが、グンマは
専ら勢いだけで発明をする天才肌の研究者なので必要に迫られでもしない限り
覚えようとしないだろう。



目線だけで次の問題を急かす二人に適当な問題を考えるだけでも面倒くさい。
なんなら鮨ネタでも全種類コンプリートしてもらおうか。
でもあまりイジメすぎるとグンマが年甲斐も無く泣き出すかもしれないし、
キンタローはさらに悪く開発作業も投げ出して死ぬまで考え抜くかもしれない



「アラシヤマー早くしてよ!」



グンマがそんなアラシヤマの複雑な心境を察するわけもなく、机の下の両足を
ばたばたと振ってふくれっ面になる。キンタローはキンタローで持っている鉛筆で
コツコツと机を叩き続け自己表現に徹している





時間を確認する
11時24分、午後の会議のためには昼食を抜きにしても12時半までには書類を用意
しなければならない。アラシヤマは諦めたように大きく息を吐き出すと、
パソコンの前で屍と化していた研究員を仮眠室に放り込み、彼が座っていたイスを
二人の間に据え、どかりと座った


急に負荷をかけられたイスのスプリングがぎしぎしと軋む
それでも下手をすれば日単位で座り続けることを余儀なくされる部署の備品、
さすがに座りごごちは総帥室のイスに近いものがある






「ほな、お二人とも準備はよろしおすか?」
「はーい」
「いいぞ」






仮眠室から聞こえてくるすすり泣きを聞きながら、アラシヤマがぽつぽつと
単語を出せば、グンマは良く解らない当て字を書いてばかり、教えてもらって
いたはずのキンタローがきっちり正解する



グンマは基本的に漢字の知識はあるのにそれを応用することが出来ないのだろう、
知っている漢字だけならグンマの方が多いかもしれないが、それでは役に立たない




「グンマはん、何処で漢字覚えはったん…?」
「え?高松の蔵書だよー子供だったから意味解んなくて、文字だけ覚えたの」





がくり、とアラシヤマが机の上に崩れ落ちる
あの鼻血ドクターのことだから、倫理教育や礼儀作法はきっちり教えても
学業方面に至っては何をしても手放しで褒めていたのだろう。
それがかえって彼の柔軟な発想の成長を助けたのだろうが


心配そうに大丈夫かと聞いてくるキンタローに片手をあげて答え、
アラシヤマはむくりと起き上がった



ふと時計を見るともう12時22分、そろそろ自分の部署に戻って準備をしなければ
ならない



「すんまへんけど、わては会議があるさかいにこのへんで…」
「えー何それッ」



結局一度も正解出来なかったグンマが不満を漏らすが、会議に遅れて
シンタローに怒られるのはアラシヤマただ一人、医務室送りになれば鼻血ドクターに
たっぷり嫌味を言われた後実験体にされるのは目に見えている



手足をばたつかせてアラシヤマを引きとめようとするグンマに苦笑して
手を振れば、不本意そうにしながらもてを振り替えしてくれた






























































「…これから会議を始めたいんだが、アラシヤマ」
「?どうぞ」



時間通りに書類を抱えて会議室へと向かい、総帥の言葉によって
始められるはずだった会議は未だ始まっていない。
シンタローが何故かアラシヤマに開始したい旨を笑顔で伝えているのだが、
こめかみにびきびきと青筋が立っている



自分が作った書類に不備でもあったのだろうか、いや最終チェックは
厳重にすませたはずだと混乱するアラシヤマの手に、書類の束が渡された



署名は責任者であるキンタローの名前。横に文責グンマ、アラシヤマと書いている





「え、何でわてまで…?」
「とぼけんな、中身見てみろ」






恐る恐るクリップで留められた書類をめくってみると、珍しく
日本語で書かれた文字列。キンタローが文責の時はいつも英語だったから
それが不満なのだろうか


シンタローの不機嫌の理由が解らずに視線を戻そうとしたときに
アラシヤマの目に入ってきたのは、『次元移動総置』の文字







「…なんやのこのけったいな誤字」






呆れながらぺらぺらと先を読み進めれば、誤字どころの話ではない文の嵐
これでは暴走族の当て字だ、と顔をしかめると同時にはたと気づいた




先ほどまでやっていた勉強会とは程遠い漢字練習に既視感を覚える




そういえば自分は間違ったグンマの漢字の使い方に、違うと言うだけで
正解を教えていなかった。あれはあくまでキンタローのための勉強会だと
思っていたせいなのだが、正解を知らないグンマが更に間違った漢字を使って
書いたとしたら



自分の会議用書類のことで頭がいっぱいだったのでこの会議に研究室からの
報告書があることなどすっかり忘れていた






「………………」
「研究室はいつもギリギリ粘って直前に書類作成するから、事前にチェックしろっつったっよなぁ?」








明らかに怒気をはらんだ言葉に背筋を冷たいものが走る



今になって思い出した、自分が研究室まで足を運んだのは作成された書類の最終チェック
目の前でちょっとおかしい勉強会が開かれていたので参加してみましたなんて
口が裂けても言えない。しかもそれが漢字の勉強でしたなんて言おうものなら、
この報告書に踊る文字の責任が全て自分に負わされるのは間違いない






「よぉしアラシヤマ、心当たりあるみたいだね!じゃ、ちょっと窓ガラスの前に立ちなさい」







ああ、その言い方血が繋がっていないとは言え前総帥のマジック様にそっくり、
そんなこと言ったら確実に現世とおさらばしてしまうだろうけど




会議のために集まってきた各部署の責任者たちは皆引き攣った笑みを浮かべながら
何も無い前方に焦点の定まらない視線を投げている
この総帥を止められるのはキンタローだけだが鎮められるのはきっとあらゆる意味で
アラシヤマだけだ。文字通り、体を張って





































「眼魔砲ッ」


















































「グンマ、後で高松のところへ行こう」
「え、何で?」
「勉強会の続きだ」
「高松と続き??」
「いや、アラシヤマとだ」
「???」




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全部解っているキンタロー

書いている途中で今度の更新はきっとグンキンアラ、と言ったら
「うわ、絶対読まねぇ」と失笑を買いました、リースウェルです。


キンタローは受けだと主張してやみません、これはカプ無しだけど
2004.09.24up
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