「んー今日も俺のジェイドは可愛いなー」
「…陛下」
「そろそろ散歩の時間だな。ジェイド、何処に行きたい?」
「…陛下…」
「本当可愛いなー愛してるぜジェイドぉ」
「陛下ッ」
少しばかり乱暴にピオニーから引き剥がされたブウサギが甲高い声で抗議するのを無視して
ベッドの向こうに放り投げる。ピオニーの私室にベッドと認識出来る物体はもはや無いが
それこそ無視だ。
「可愛い私と遊ぶのは結構ですが、仕事を終えてからにしてください」
「馬鹿野郎、お前は可愛くない方だ」
「可愛いジェイドばっかり構ってると可愛くない方のジェイドが怒りますよぉ」
「やめろ。キモイ」
半ば本気の様相で言ったジェイドに睨まれながら、しぶしぶと腰をあげる。
可愛い方のジェイドとネフリーが心配そうに足元にじゃれついてくるのを可愛くない方の
ジェイドが蹴散らし、ピオニーを無理矢理部屋から連れ出す。
「今は急ぎの執務は無いだろ?」
「そうですね」
「じゃあ良いだろ、ブウサギと戯れても」
「下の者に示しがつきません。暇なら私の仕事を手伝っていただきます」
「んげッ」
途端に逃げようと暴れ始めたピオニーの首元に右腕を回しこみ、ずりずりと引きずって歩く。
磨き上げられた床はピオニーを抵抗をあっさりと無力化し、ジェイドの笑みを益々深いものにした。
部下に引きずられる皇帝の姿こそが下の者に示しがつかない典型じゃないのか、と思うが
それを口に出すことは長年の経験から脳が拒否していた。
「さて」
なすがままに連れて来られた場所はジェイドの私室だった。
途中で何度も待機中の兵士と目が合ったが、同情の色を浮かべられるだけで誰も助けては
くれなかった。皇帝の威厳よりジェイドのお仕置きの恐怖の方が勝ってしまった。
「さぁ陛下、お片づけです」
何が、と言おうと顔を上げて愕然とした。
人の気配を感じさせないほど整然と片付いていたはずの彼の部屋は、自分の私室と大差無い
までに散らかっている。そして良く目をこらせば、所々に土の塊と足跡。
「犯人は誰でしょう?」
「…誰だろうなー…」
「私は口に出すのも嫌です」
「…サフィールか。そういや朝居なかった…な」
「飼い主は貴方なんですから、責任を取っていただきます」
声だけ聞いていれば30過ぎの男には似合わない猫なで声だが、実際その目は全く笑っていない。
背筋に寒いものを感じたピオニーはそそくさと掃除を始めた。
軟禁生活の中で一通りの家事は身につけてしまった。
メイドに見つかれば恐縮されるが、そうでもしないと退屈に殺されそうだったのだ。
しかし掃除だけはどうしても苦手だった。
「…」
「どうした」
「いえ…もう良いです。後で暇そうな兵士にでも片付けさせます」
「そうか」
掃除をしているはずなのにどんどん薄汚れていく室内に耐え切れなくなり、ジェイドが
ストップをかける。整理整頓が苦手だと自負するのは良いが改善する気は無いのか。
「貴方に掃除を頼むのは土台無理な話でしたね」
「皇帝陛下に向かって失礼な」
「これはこれは。ご無礼をお許し下さい、陛下」
「慇懃無礼はお前のためにある言葉だと常々思うよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
しれっとした顔で恭しく頭を下げたジェイドに軽く悪態をつく。
来客用に設置されたあまり柔らかくない椅子にどさりと身を投げると、ジェイドが
覗き込んできた。
「お昼寝ですか?」
さっきご無礼とか言ってたのは一体何だったんだ。
赤ん坊に語りかけるような口調で話すジェイドの目はキラキラと輝いている。
掃除の分遊んでやろうと言う魂胆に違いない。
「そう、お昼寝だ」
ならばこっちは迎撃してやらねばならない。
顔の脇に流れているジェイドの髪を引き寄せ鼻先に噛み付く。
ちょっとだけ目を見開いてひくりと喉を震わせたジェイドに気を良くしてピオニーはべろりと舌を出した。
「欲求不満ですか」
「そう見えんのか?」
「そうですねぇ、どうでしょう」
ピオニーの手を避け、するりと隣に滑り込んだジェイドがくすくすと笑う。
譜が刻まれた赤い目が非現実的で、昔読んだ童話に出てくる魔女のようだ。
男だから魔女ではなく魔法使いのくくりだろうか。
「何じっと見てるんです」
「誘ってるとは思わないのか?」
「それにしては色気が無いですねぇ」
ストリップでもしてやろうか、と服に手をかけたピオニーの手をジェイドがやんわりと
止める。髪先にぶらさがった宝石を指で弄びながらゆっくりと顔を近づける。
「…小説なんかだと此処で邪魔が入るんですよね」
「んあ?」
「陛下、両手を私の首に回して頂けますか?」
「は?」
ジェイドの真意が解らぬままとりあえず、と両手を預ける。
何も言わないジェイドを訝しんで顔を覗き込んだ瞬間、控えめなノックとそれに
反比例して勢い良く開け放たれた扉。
「カーティス大佐、こちらにピオニー陛下はいらっしゃいま…」
中途半端に途切れた兵士の言葉。
首を捻って表情を盗み見れば案の定見てはいけないものを見てしまった顔。
向き直ったジェイドはしてやったりと言った表情で微笑んでいる。
「ほら陛下、お仕事です」
「あーちくしょう、負けた」
「潔くて大変結構です。ブウサギの管理はきっちりお願いしますよ」
「…」
「お願いですよ、お・ね・が・い」
「わかった、それ以上口を開くな」
用は済んだとばかりに仕事用の表情に戻ったジェイドを見て小さくため息を吐く。
ビクついている兵士を促して部屋を後にして、今度は大きくため息を吐いた。
小動物のように震える兵士の肩を軽く叩いて謁見の間へと足を進める。
最近負けが続いているような気がする。
「惚れた弱みかね」
もう勝つことは無いのかもしれない









2006/01/17 up









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